連載「秋の夜長は野球で楽しめ!」の第2回。今回は芸術の秋ということでオススメの野球映画を紹介したい。
『オールド・ルーキー』は35歳でメジャーリーガーとしてデビューを果たしたジム・モリスの実話を基にした一作だ
元マイナーリーガー(1A)のモリスは肩を故障し、25歳で引退。地元テキサスで高校教師と野球部のコーチとして平穏な生活を送っていた。
しかし、ある日、ふとしたきっかけで、全力で投球してみると肩の痛みがなくなっていた。だが、妻と3人の子どもを養う身であり、自身の投球にも自信が持てなかった。
ある日、教えているチームが大敗を喫してしまう。やる気ゼロの選手たちにモリスは「君たちには夢も何もない」と説教をする。
だが、モリスの実力を感じていた教え子たちは「じゃあ、コーチの夢は何ですか?」と言い返す。教え子たちの直球にやや狼狽するモリスだったが、チームが地区優勝したらメジャーのトライアウトを受けることを約束する。
そして超有名なシーンだ。カントリーミュージックをバックに夜道に設置されたスピード測定器を使って、密かに自身の力を試すモリス。だが、表示は「76」マイル(約122キロ)。落胆し、ボールを捕りに行くが、測定器の電球が接触不良で、本当は「96」マイル(約154キロ)だった。よくよく考えるとツッコミたくなる演出だが、野球映画史に残る名シーンである。
その後、チームは地区優勝を果たす。「It's your turn Coach.」とボールを渡されるモリス。そしてトライアウトに挑み、再びメジャーリーグへの道を歩み始める。
「家庭」と「夢」の狭間の葛藤を心に焼き付けてくるのが、息子役のアンガス・T・ジョーンズの名演だ。「母さんには内緒だぞ」と言われれば、男同士の約束といった顔をし、野球に興味がない祖父が誕生日にファーストミットを買ってきても「僕、ファーストが好きだから」という「絶妙ないい子」を純真に演じている。
この名演で子役としての評判を上げたアンガス・T・ジョーンズは、2003年から2015年まで放送されたCBSのシットコム『ハーパー☆ボーイズ』で人気を博し、1話の出演ギャラが推定30万ドルという超大物に成り上がった。
話を戻すと『オールド・ルーキー』は、「夢を忘れてしまった大人」「何者にもなれなかった大人」に巧妙に語りかけてくる。驚くべきストーリーやギミックがなくとも、シンプルに没入できる。ストーリーの出口は端からネタバレしているにもかかわらず、モリスを応援してしまう。野球好きならぜひ見ておきたい良作だ。
原題は『42』。黒人初のメジャーリーガーとなったジャッキー・ロビンソンを描いた伝記映画だ。
冒頭10分、とても惹かれる場面がある。ハリソン・フォード演じるブランチ・リッキー(ドジャースGM)がロビンソンと面談するシーン。リッキーGMが「やり返さない勇気を持ってほしい」とロビンソンの右の頬を殴り、ロビンソンが「左の頬もあることをご存知ですか?」と返した−という通説もあるところだが、この映画では「右の頬を打たれたら左の頬を出す勇気を持て」とロビンソンに説くに留めている。作り手の実直なアティチュードが表れているワンシーンだ。
初試合の展開もあえて型を外す。四球で出塁したロビンソンは二盗、三盗を決め、相手投手を揺さぶる。いらだった相手がボークを犯し、ロビンソンはホームに生還…といった具合だ。
主演のチャドウィック・ボーズマンの深みのある演技も迫真といいたい。
そしてこの映画は現代の世の中をも動かした。劇中で大きな敵として描かれたのは、フィラデルフィア・フィリーズだ。ベン・チャップマン監督が悪辣なヤジを飛ばしたり、市内のホテルがロビンソンの宿泊を拒否するなど、妨害行為を働いたと描かれたが、これは史実通り。この事実が『42』によってあらためて広がると、2016年3月になって、フィラデルフィア市議会が公式に謝罪を決議した。歴史に断罪されるとはまさにこのことである。
日本プロ野球では「42」を背負う外国人選手も多いが、ジャッキー・ロビンソンの功績を今一度噛み締めたい名作である。
文=落合初春(おちあい・もとはる)