各地域で決勝戦が行われる今週の高校野球。地区予選もいよいよ佳境を迎え、高校野球ファンにとってはたまらない日々が続く。一方で、高校野球は8月の甲子園本大会が始まってからでいいや、と思っている方も多いかもしれない。
だが、その考えは甘い! なぜなら、真のスターは実は甲子園に出てこないジンクスがあるからだ。そこで今回は、日本野球史を支えてきた名球会スターたちの、高校時代・最後の夏の戦いをチェックしてみたい。
今夏一番の注目は、桐光学園・松井裕樹が激戦区・神奈川を制し、甲子園のマウンドに帰ってくるのか、さらには全国を制することができるかどうか。今年のドラフト1位指名間違いなしと言われ、早くも歴代の名投手と比較される存在となった松井投手だが、ここに意外なデータというか、ジンクスがある。
名球会入りした伝説の投手で、高校3年夏の甲子園のマウンドに立ったのは、わずか3名だけ、という事実だ。
もう少し詳しく見ていこう。投手の名球会入りの条件は200勝以上か、250セーブ以上。過去に21名の投手がこの条件を満たしている〈退会した金田正一(元国鉄ほか)、堀内恒夫(元巨人)、日米通算の野茂英雄(元近鉄ほか)も含む〉。
21名中、甲子園に出たことがある選手だけでもわずか7名。そして最後の夏に甲子園の舞台に名乗りをあげたのは、堀内恒夫、東尾修(元西鉄)、工藤公康(元西武ほか)、佐々木主浩(元大洋ほか)、高津臣吾(元ヤクルトほか)のたった5名しかいない。だが、高津臣吾は当時野手登録だったため「甲子園のマウンド」には立たず。また、堀内恒夫の場合、彼が出場した第45回大会が記念大会のために出場校が多く、会場が甲子園だけでなく西宮球場も併用。堀内の甲府商は西宮組に入ったために甲子園では投げなかったのだ。まさに「遥かなる甲子園(のマウンド)」。
結果、3年最後の夏に甲子園のマウンドに上がったことがあるのは、東尾修、工藤公康、佐々木主浩のたった3名だけ。そして、全国制覇を成し遂げた投手で、名球会入りした投手はゼロである。
もちろん、桑田真澄(元巨人ほか)や松坂大輔(インディアンス3A)のように、最後の夏を制し、そしてプロ入り後もタイトルホルダーになる投手は存在する。しかし、「名球会」という長い蓄積が求められる山を登ることは叶わないのだ。
一番の要因は、やはり「肩・ヒジの酷使」があるだろうか。最後の夏だから、と真夏の過酷な状況下で連投したツケが、その後の野球人生に少なからず影響を与えていると見ることができる。結果、甲子園に出なかった投手のほうが、息の長い選手生活を送ることができているのだ。果たして、松井裕樹のこの夏はどうなるのか、そして将来のプロ野球人生は? 気が早いが、そんなことも気になってくる。
それだけに、今大会から設けられた準決勝前の「休息日」が、ピッチャーの疲労度にどのような影響を及ぼすかも大いに注目すべき点である。
歴代でも21人しかいない投手と比べ、打者の名球界入りの条件である「2000本安打達成者」は先日の中村紀洋(DeNA)まで含めれば46人〈落合博満(元ロッテほか)などの辞退者、そしてイチロー(ヤンキース)、松井秀喜(元巨人ほか)、松井稼頭央(楽天)など日米通算での達成者も含む〉。倍以上の人数を抱えるため、甲子園に出た選手の数も少し増える。頂点に立った清原和博(元西武ほか)、立浪和義(元中日)のPL勢も含め、過去に12人の選手が最後の夏に甲子園の土を踏んでいる。しかし、比率で言えば1/3と、かなり低い割合である点に注目すべきだろう。
出られなかった選手の名前を並べるだけで壮観だ。イチロー、張本勲(元東映ほか)、野村克也(元南海ほか)、王貞治(元巨人)……なんと、日本プロ野球史で安打数の多い上位4人が、揃いも揃って最後の夏の甲子園には出ていないのだ。
野村は高校時代、一度も予選突破できず。イチローと王貞治は、それ以前は連続で出場していたにもかかわらず、最後の夏だけ出ることができなかった。そして悲劇的なのが張本勲。甲子園に出るために強豪校に転校までして臨んだ高3の夏。見事に予選を勝ち上がって甲子園への出場権を勝ち取ったにもかかわらず、部内の不祥事があって出場が叶わなかった……これぞ甲子園の魔物、と呼ぶべきジンクスかもしれない。
また、長嶋茂雄(元巨人)や山本浩二(元広島)という後のオリンピックやWBCで日本代表監督を務めた2人とも高校時代、甲子園の土は踏んでいない。他にも、落合、野村謙二郎(広島監督)、?木守道(中日監督)、秋山幸二(ソフトバンク監督)、古田敦也(元ヤクルト)など、後に監督にまで登りつめる名球会メンバーたちもまた、最後の夏の甲子園に出ることは叶わなかった。
高校時代に頂点に立てなかった反骨精神が、その後長きに渡ってプロで活躍し続ける原動力となった、と見ることもできるだろう。「燃え尽きないこと」もまた、息の長い選手になるための必要条件なのだ。
今回、わかりやすい目安として「名球会」という尺度を出してみたが、名球会ではなくともファンから愛されたあの選手が、実は高校時代に甲子園に出ていない、という例は多い。
つまり、甲子園大会本戦から注目しているようでは、未来のスターの原点には出会えない、ということを意味しているのだ。野球ファンを自認するのであれば、やはり地方大会から押さえておくべきだろう。
また、こんな考えを持つこともできる。仮に応援していた選手や未来を嘱望される選手が地方大会で負けたとしてもがっかりする必要はない。むしろ、名球会入りが残っている、とプラス思考になってみるのもいいだろう。彼らの野球人生は、まだまだ続いていくのだから。