今から3年前。山岡泰輔は高卒3年目で、押しも押されぬ東京ガスの大エースだった。調子のよくないときでも「悪いなりに」試合を作れるゲームメイク能力が優れていた。20歳そこそこで、ここまで大人と対等に渡り合える投手は、何年かに1人出てくるかどうか。ただ、ドラフト解禁年は「悪いなりに」の投球が多すぎた。
先発ではいつもどこかで捕まるし、完投で勝ったとしてもいまいちピリッとしない。むしろリリーフで全力投球した方が、山岡の凄みが感じられた。ピンチでも腕を振り切るクソ度胸。ストレートと得意のスライダーを軸に、強い球でガンガン押していく。実際にリリーフの時の方が、成績はよかった。山岡はリリーフタイプなのかもしれない――。そんなことを考えながら、山岡のロングインタビューに挑んだら、こちらの予想はあっさりと覆された。
「トータルで勝ちたいんですよ」と、山岡は言っていた。リーグ戦のように何度も対戦すれば、各選手のデータが積み重なって、得意なコースと苦手なコースがわかってくる。そうなれば絶対に打たれない自信があると、当時20歳そこそこの小柄な若者は言った。それだけ相手を見て投げているのだろう。打者の力量と自分の今日の調子を測りにかけて、詳細に打ち取り方をイメージする。
「だから初回に3者連続三振とかになると『あれっ?』て思うんですよ。打たせて取るつもりで投げた球で空振りが取れてしまうと、不安材料になるんです。僕は本来、立ち上がりはあまりよくないタイプなんで」とも言っていた。投手にとって最高の立ち上がりでも、山岡からすると「次に投げる球がわからなくなる」らしい。だから初回が3者連続三振の日は、だいたい結果がよくないというのだ。
「リリーフよりも先発が好きだ」とも言っていた。「たしかに後ろで投げた方が抑えていますけど、先発の方が楽しいですね。抑えだと土壇場に出ていくので、考える間もなく『抑えるしかない』って感じなので」。ピンチにアドレナリン全開で抑えにいくのも山岡らしさだが、1試合を通してメリハリをつけながら、打者の様子を見て駆け引きするのが、真の山岡の姿なのだと、その時、知らされた。
また、「トーナメントだと、データでは弱点と出ていても、そこにヤマを張られたら打たれるんで。トーナメントでそれが出ると負けにつながるけど、リーグ戦ならトータルで勝てばいいんで」とも言っていた。ここまで勝負の本質をわかっている若者はなかなかいない。学生レベルの弱点は「絶対に打てないコース」だが、社会人やプロになると「意識しないと打てないコース」が弱点と呼ばれる。裏を返せば「意識さえしていれば打てるコース」なので、他に意識を持っていくための布石が大事になってくる。そういうストーリーを組み立てられる頭脳が、当時から山岡には備わっていた。
かくして山岡はドラフト1位でオリックスに入団し、1年目から先発で活躍している。即戦力の投手が入ると「とりあえず後ろで」使ってしまいがちなオリックスだが、山岡は先発で大事に育てられた。2年目は調子が上がらず、一時期中継ぎに回されたが、そこで何かをつかみ、後半に巻き返した。そして3年目の今年は13勝4敗で最高勝率のタイトルを獲得している。リリーフで出力を上げながら、それを先発での「トータルで勝つ」ための土台にしたと想像する。
社会人時代からの唯一の弱点だった「球質の軽さ」は、今も変わらない。今年は援護に恵まれたものの、とらえられた時は軽々とスタンドまで運ばれた。だが、それは山岡自身がよくわかっている。プロ入り前にも「プロになったら何年も同じ相手と対戦する。毎年違う真っすぐを投げないと、毎年何か変わらないと、打たれる世界ですからね」と言っていた。タイトルを獲った次の年も心配ないだろう。対戦相手のデータが蓄積され、自身が進化するほどに、山岡がトータルで勝つ確率は高くなる。
文=久保弘毅(くぼ・ひろき)