黒田の200勝への挑戦はこの日で3度目だった。広島ファンのみならず、多くの野球ファンがその快挙を待ちわびていた。
現地・広島に向かうことのできない関東の広島ファンは、いてもたってもいられず東京某所のスポーツバーに集結。黒田の200勝達成を皆で分かち合う観戦会を行っていた。
都内のど真ん中に集結した赤い団体。快挙達成を信じ酒場に向かうも、前回、前々回と、悔しい結果に終わったこともあり、それぞれが不安な表情を浮かべ、テレビ画面と向き合う。
普段は口数の多い面々だが、この日ばかりは緊張で張りつめていた。
そんななかでプレイボール。初回は先頭に安打を許すなど、よいとは言えない立ち上がり。球数も26球と多く、早くも完投での達成に暗雲が立ち込める。嫌な展開だ。ここ2戦、200勝のプレッシャーからか本来の投球ができていない黒田だけに、不安がよぎる参加者達。
しかし次の2回、その不安は一層される。立ち上がり制球が定まらない阪神先発・岩崎優を攻め1死一、二塁のチャンスを作ると、4番のルナが先制のスリーランホームランを放ったのだ!
前2戦でわずか1点しか援護のなかった黒田に初回から3点もの援護。これには参加者達も歓喜。先ほどまでの不安はどこへやら、早くも勝利を確信したかのように乾杯の嵐。
あまり進んでいなかった酒もここぞとばかりに進み、テンションはうなぎのぼりとなっていった。
援護をもらった黒田も調子を上げる。2回以降、ヒットは打たれるも要所は抑える本来の安定感を発揮。
さらに、3回には丸佳浩、鈴木誠也、石原慶幸のタイムリーヒットが飛び出し、4点を追加。7対0となり勝負はほぼ決した。
いよいよ現実的になってきた黒田の200勝に参加者達のテンションも最高潮。
しかし、これがあらぬ方向に進んでしまう。序盤での大量点に気をよくしてしまった参加者達は、試合への集中力を失ってしまったのだ……。
奮闘する黒田を尻目に、捕手論争を始めたかと思えば、「最近は、ただの勝利では満足できない。」などと、常勝チーム応援者のような発言。昨シーズンまでの結果を忘れたかのように、阪神の現状を上から目線で心配するなど、酒と歓喜で調子に乗り倒す参加者達。
そんな彼らに喝を入れたのは、やはり黒田の投球であった。
粘りの投球で7回を115球、被安打5、9奪三振。やはり気合いに満ちた投球はファンの心を掴むのだろう。脱線していた彼らも、いつしか奮闘する黒田に魅せられ試合への集中力を取り戻した。
そして7回、この日、黒田は最後の対戦打者となった荒木郁也を三振に切って取った。このとき、大歓声で参加者全員がスタンディングオベーションをしていたことは言うまでもないだろう。
7点の差をキープしたまま試合は終盤に。いよいよ、黒田の200勝達成のカウントダウンが始まった。
試合中盤は数々の脱線話に花が咲かせていた参加者も、ここにきて口数は減り試合の行方を黙って見守るだけになってきた。
そして9回、最終打者・伊藤隼太がショートへフライを打ち上げると、捕球する間もなく全員が立ち上がり、まるで優勝をしたかのような大歓声。いや雄叫びを上げあげ、抱き合い、幾度となく祝杯をあげた。テレビの画面を撮影し、画面の黒田に歓声を送る。そして、再び歓喜の乾杯を繰り返す。
はたから見たら、正気の沙汰とは思えないが、長年広島を応援してきた彼らにとっては、心の底から湧き出る自然な行動なのだ。
今年の広島に起きていることの全てが夢見心地であり、それは過去の反動でもある。すなわち、それだけ寝かせた喜びは果てしなく大きいということだ。
そんな喜びのなかでも圧倒的上位に挙がるのが、広島ファンにとっての「神」、黒田博樹の偉業。その瞬間を目の当たりにした参加者が狂喜するのも無理はない。
黒田のインタビューを聞き、涙し、今度は優勝のうれし涙を流そう! そう誓い、参加者はユニフォーム姿のまま、夜の街へと新たな宴を繰り広げるべく散っていった。
「条件面のいいオファーの球団がたくさんあったのに、よくカープに戻ってきてくれましたね。こうしてカープの選手としてお祝いできることに感謝です。カープファンでよかった!」
参加者のひとりが、そう話してくれた。広島ファンにとって「カープファンでよかった」、そう心の底から思えているであろう今シーズン。10月の終わりにはそんな最高の瞬間がくると信じたい。
文=井上智博(いのうえ・ともひろ)