File.SP 走塁トレーニング
「感覚」「考え方」を磨く
トレーニング編の最後は走塁で締めよう。ただ、走塁に関しては「ドリル」で紹介するのがとても難しい。盗塁のスタートや帰塁など、状況別の練習はあるが、バッティングや守備のドリルとは少し意味が違うような気がする。
指導者の話を聞いていて面白いのは、走塁に対する感覚や発想の部分だ。「感覚を磨かなければ走塁はうまくならない」と話す指導者もいる。というわけで、走塁編はドリルではなく、感覚や考え方を磨く方法を紹介しよう。
☆「フライングバック」の考え☆
秒数を読むフライングスタート
最近聞いた話の中で、「そんなこと考えるんですか!」と一番びっくりしたのが、「フライング(ギャンブル)バック」という考えだ。豊かな発想力を持つ埼玉・戸田市立美笹中学校の酒井顕正監督から教えてもらった。
「フライングバック」を説明する前に、「フライング(ギャンブル)スタート」について書いておこう。聞いたことがあるだろうか?
盗塁を狙うとき、ピッチャーが足を上げる前にスタートを切る。セットポジションの秒数やクセを見抜いたうえで使う走塁術だ。
けん制が分かれば盗塁ができる
このフライングスタートの帰塁版がフライングバックとなる。つまりは、ピッチャーがけん制をする前に帰塁する。
「どれだけ気配で感じられるか。右ピッチャーでいえば、振りむいて一塁にけん制しようとしたら、ランナーはもう一塁ベースに戻っている。そして、ピッチャーはけん制する気をなくす。これが理想です」(酒井監督)
ピッチャーにとって、こんな屈辱はないだろう。なぜ、このような練習をするのだろうか?
「感覚を磨くためです。けん制の気配がわかれば、ホームに投げる雰囲気もわかる。結果、スタートを速く切れるようになります。フライングバックができれば、確実に盗塁の成功率は上がりますよ!」
フライングバック、ぜひ試してみよう!
☆ワンウェイリードで揺さぶる☆
帰塁だけを考えたリード
ピッチャーを揺さぶるのに効果的なのがワンウェイリードだ。「ワンウェイ(=One Way)」、つまりは「一方向」。帰塁だけを考えたリードのことを指す。
初回に出塁した1番バッターが、一塁で大きなリードを取り、「走るぞ」と見せかける。それを警戒して、ピッチャーが何度もけん制を送る。でも、本当はワンウェイリードのサインが出ていて、走る気はまったくなかった。ピッチャーはランナーを気にしすぎて、バッターへの集中力を欠いて…。こうなれば、攻撃側の思い通りだ。
▲帰塁だけを考えた「ワンウェイリード」で揺さぶる
☆リード幅をすべて設定する☆
ラインを引いて明確に
チームによっては、リード幅を統一しているところもある。兵庫・高砂市立松陽中は一塁ランナーのリードは「3.5メートル(左足から一塁ベースまで)」と決めている。
自校で練習試合をするときは、グラウンドに3.5メートルのラインを引くときもあるそうだ。
「ラインを引くことで、リード幅が明確になります。そこを基準線にする。ここから、ピッチャーのけん制の速さやランナーの走力で少しずつ変えていきます」(松陽中・井上監督)
バッティング編でも紹介しているが、「基準」がなければアレンジができないという。また、基準を作ることで、できているかできていないかの評価も明確になる。仲間同士でも、評価がしやすい。
▲一塁のリードは「3.5メートル」とチームで統一する
☆すべて自分で判断する☆
0.5秒で結果を判断する
松陽中の取り組みをもうひとつ。走塁で大切な「判断力」を養うために、面白い試みをしていた。
フリーバッティングで1球打ち終わるたびに、バッターが「駆け抜け!」、「オーバーラン!」など声に出していたのだ。
「0.5秒で打球の判断をする。そのクセをつけるための練習です」
間違っていてもいいので、まずは決める。それによって、一塁を駆け抜けるのか、二塁打を狙う走路になるのかが決まってくる。
「中学生に一番多いのが、『?型』の走塁です。はじめは真っ直ぐ走りだして、内野を抜けたのを確認してから一塁ベース手前で膨らみはじめる。これをやっているうちは、走塁が上達しません」
中学野球、とくに外野が浅い軟式野球の場合はライトゴロやセンターゴロの可能性がある。だから、真っ直ぐ走らなくてはいけない当たりもある。それでも、練習の段階では「?型」はNG。打球を見て、すぐに結果を判断して走路を決める。この繰り返しが、走塁の上達につながっていくという。
すべて自分の目で見る
走塁の決断は、コーチャーではなく自分でする。それが松陽中の約束だ。埼玉・美笹中の酒井監督も同じ考えだ。「うちはコーチャーをつけずに練習試合をするときもありますよ」という徹底ぶりだ。
自分で判断するときに難しいのが、ランナー一塁時のライト前ヒットだ。走っている背中のほうに打球が飛ぶために、クビを回さなければ見えない。
両チームが取り組んでいるのが、二塁を右足で踏み、回転しながら打球を見る方法だ。ヘソを完全に打球に向けてしまう。二塁ランナーでレフト前ヒットが飛んだときも、同様の回り方をしている。
もちろん、あきらかに次の塁を狙えるときは通常通りにベースを蹴る。この回り方をするのは、次の塁を狙いづらい打球のときだ。
よくあるのが、外野手がファンブルした瞬間を見逃していて、次の塁を狙えないこと。それを防ぐために、捕球する瞬間を必ず見るように意識づけておく。
もっと細かくいえば、鉄則はバッターのインパクト、外野手の捕球、送球、そして内野手の捕球の4点を必ず自分で見ることである。
コーチャーの技能が上がっていけば、コーチャーを全面的に信頼してもいいが、そうではないのが中学野球の現状だ。まずは自分の目で見て判断するクセをつけよう!
▲ライトの捕球を自分の目で必ず見る
▲ライトに体を向けて、右足で二塁ベースを踏む
▲ライトがファンブルすれば、そのまま三塁へ向かう
☆後ろのランナーの重要性☆
状況を考えたリード
2011年夏の高校野球神奈川大会決勝戦でこんなシーンがあった。同点で迎えた10回裏、横浜高校が2アウト二・三塁のチャンスを迎えた。三塁ランナーがホームを踏めばサヨナラ勝ちで、甲子園出場が決まる。
二塁ランナーがリードを取ろうとすると、横浜ベンチから「リードするな。ベースに着いておけ!」という指示が飛んだ。
必要なのは1点のみ。二塁ランナーがリードを取って、けん制でアウトになったら元も子もない。それを考えての指示だった。
中学軟式野球には、ノーアウト満塁から始まる特別延長戦がある。1点を取ったら終わりの裏の攻撃で一塁ランナーがいつも通りにリードを取って、けん制でアウトになったシーンを見たことがある。「勝利」を最優先に考えれば、一塁ランナーはリードしなくてもいいぐらいだ。
では、二塁ランナーはどうか。ここは意見がわかれるところだ。ホームゲッツーの間に、二塁ランナーが三塁を回ってホームインというシーンも見る。一方で、外野が入るけん制に引っかかってアウトになることもある。
正解はない。大事なのは、あらゆる状況を想定して、チームでどうするかを決めておくことだろう。
考え方ひとつで走塁は変わる。それが走塁の面白いところであり、難しいところでもある。
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