子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! そんな親の思惑をことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考える「野球育児」コーナー。
1月11日の朝、スポーツ紙を読んでいると、こんな記事が掲載されていた。
「プロ、アマ合同の日本野球規則委員会は10日、公認規則の一部改正を発表。ボークと疑われることと、遅延行為を防止するため、投手の三塁への偽投(投手板を踏んだままけん制のふりをする動作)を禁止することになった」
(やっぱりきたか…。ったく、なんでもアメリカのマネするんだからな…ほんまにもう)
三塁への偽投禁止は昨年、米球界が導入。アメリカで採用された改定は少し遅れて日本に輸入されることが多いため、今年あたり改定されるんじゃないかと予想はしていたが、案の定である。
改定スタート日は今年の2月15日。しかも少年野球からプロ野球までの一斉改定だ。
その日の夜、練習を終えて帰宅した中2の次男・こうじろうに改定内容を伝えたところ、「そうなん!? マジで!?」と驚きを隠せなかった。
「それはつまり走者一、三塁の場面で、三塁へけん制するマネをしてから、一塁へけん制することができなくなるということやんなぁ?」
「そういうこっちゃ」
「それはしかし、野球がちょっとばかり変わるよなぁ…。プレート踏んだままの二塁へのフェイクは許されるん?」
「二塁フェイクは従来通りオッケーなんやて」
「なんだそりゃあ」
息子たちが小学生時代に所属していた少年野球チームでは、偽投のことを「フェイク」と呼んでいた。
理由としては、ランナーコーチが走者へ指示を出す際に「偽投! 偽投!」や「投げマネ! 投げマネ!」などと叫ぶよりは「フェーク! フェーク!」のほうが素早く、大きな声で言いやすく、走者の耳に届きやすいこと。そして、フェイクが偽投の意味だと知らないチームからすれば、「なになに!? なんかやってくんの!?」という、少しばかりいやなプレッシャーを与えられること。加えて、偽投などと呼ぶよりは、英語のフェイクのほうがなんとなくスマートでかっこいいからというのも理由のひとつに含まれていたように思う。
「しかし自分が投げている試合で、いざ一、三塁の場面がきたら、思わず三塁フェイクからの一塁けん制をやってしまいそうやなぁ…。そうしたらその瞬間、ボークになって得点が入ってしまうんやろ…?」
こうじろうが不安気な表情でそんなことを言う。
「しかし、父ちゃん、これだと一、三塁の場面で、マウンドにいるのが右ピッチャーだったら、一塁ランナーは二盗がかなりしやすくなるよね? 今までだったら左足が上がっても、そこから三塁へけん制する可能性もあったし、三塁フェイクのあとに、一塁けん制がくる可能性もあるから、左足を上げただけではホームに投げる根拠にならなかった。でも、今後は左足が少しでも上がった時点で一塁けん制はないと判断できるから、かなり早い段階でスタートを切れるもんね」
「そうなんよ。一塁ランナーは一、三塁の場面で二盗を企てる場合、今まではギャンブルスタートを切らない限り、どうしてもスタートが通常の二盗よりも遅れるから、キャッチャーが三塁ランナーの様子を確認してから、二塁へ送球してもアウトにできる可能性があった。でも今後は、二塁でランナーをアウトにできる確率はかなり下がるだろうね」
「なんでルール変更したんだろう?」
「よくある、アメリカにならえ的な流れかな。アメリカの野球界は、フェイクのような人をだますような行為を毛嫌いする傾向があるんだよな。遅延行為を防止して、試合をスピードアップさせるという意味合いもあるみたいだけど」
「でも、三塁フェイクを禁止された分、一塁ランナーのスタートを少しでも遅らせようと、一塁への直接のけん制が今までよりも絶対に増えると思うんだけどな」
「それはおれも思った」
私とこうじろうの会話を夕食を作りながら、そばで聞いていた妻は「けん制球のネタだけでよくもそこまで親子の会話が続くものね」と半ばあきれた表情で茶化す。
よその家の話を聞くところによると、中学2年生ともなると、思春期に加え、共通の話題も減り、親とあまりしゃべりたがらないケースも少なくないという。妻は続けた。
「野球という共通の話題がなかったら、うちもそうなってたかもね〜」
それはいえるかもしれない。野球がなかったら、子どもらといったいどんな会話をしているのか、正直、まったく想像ができない…。
「この改正、少年野球が一番影響が大きいんじゃないですかねぇ?」
翌日、昨年までコーチを務めていた少年野球チームの指導者数名と食事をしたのだが、当然のごとく、三塁への偽投禁止のルール改定の件も、話題に上った。
小学生のレベルの野球では、二塁盗塁を企てた走者を捕手が刺すことはなかなか難しく、試合をしている選手たちの学年が下がれば下がるほど、盗塁はフリーパスの状態になりがち。一、三塁のケースは1球を挟み、かなりの確率で二、三塁になってしまう。
そんな中、一、三塁の場面で三塁に偽投を入れてから一塁へのけん制を入れると、少年野球の場合、けっこうな割合で一塁ランナーが飛び出していたりする(学年が下がれば下がるほど、飛び出す割合は高い)。
そのため、三塁への偽投後に一塁へのけん制がスムーズにできる投手が揃っていたり、三塁ランナーを監視しつつ、飛び出した一塁ランナーを一、二塁間での狭殺プレーですみやかにアウトにできたりするチームは、ただそれだけで勝率をアップさせられる。
「一、三塁を制するチームは少年野球界を制す」という格言をどこかで聞いたことがあるが、それは真理をついているように思う。
いつしか話題は、三塁への偽投が禁止された以上、どうすれば一、三塁の場面で一塁ランナーの二盗を阻止できるか、というものに移っていった。
「ゆっくり足を上げて、一塁ランナーをあえて走らせといて、ピッチャーは三塁へけん制をする。けん制球を捕ったサードが二塁へすぐさま転送したら間に合わないものかなぁ?」
「なるほど…。間に合いそうな気もするよなぁ。今度練習で一回実験してみようか」
「でもサードの送球が暴投になって、結局三塁ランナーの生還を許すようなシーンも頭に浮かぶよな」
「いい球投げても、セカンドがベースに入るのが遅れてしまって誰もいないとかね」
「外野手のカバーも遅れて、そのままボールが右中間を転々としてる間に、一塁ランナーまで還ってきたりね」
「いかにも策に溺れるみたいな結末になりそうな気もするな…」
一、三塁における貴重な盗塁抑止力を失った、全国の球児たち。知恵をこらした、各チームの対応の仕方に注目してみても面白い1年かもしれません。
文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。