体の中を龍が駆けるような、しなるフォームを取り戻せ! 史上最高の素材・安樂智大(楽天)
☆最高の投手が生まれるはずだったが……
愛媛県が誇る強豪・済美高で、1年生の秋からエースとなった安樂智大投手。1年生ということもあり、球速は140キロ半ばくらいでしたが、大きな体をムチのようにしならせて、質のいいボールを投げていたことから、当時の私は「ついに最高クラスの投手が現れた」と思ったものです。
順調に成長し、2年春にセンバツ準優勝、夏にはストレートの球速は157キロまで上がりました。下級生ながらも高校日本代表に選ばれ、18U野球ワールドカップのベネズエラ戦、キューバ戦で好投し、大会のベストナインに相当するオールスターチームに選出されたことは記憶に新しいです。
しかし、秋に投げ腕の右ヒジ尺骨神経麻痺を発症してしまい、半年以上の休養を余儀なくされたことで、3年生の時は甲子園に出られませんでした。結果が残せず、ケガの不安を抱えながらも、ドラフト1位で競合してプロ入りするとは、やはりただ者ではないと思いました。しかし、キャンプで見た安樂投手の投球フォームは別人で、「このままだとすぐに戦力外にされそうだな……」というものでした。
それでも、高卒1年目に初登板初勝利を挙げるなど、「もってる」投手、スター性があることを改めて示してくれただけに、将来的には勝てる投手になれるはず。今回はそのための秘策を伝授したいと思います。
☆生命線は体幹のしなりとボールの回転数
先程も少し触れましたが、安樂投手のいいところは「体をムチのようにしならせて投げるフォーム」です。前足を上げたところから背骨を曲げて、体重移動の際に伸びるというフォームによって、「キレのいいボール」を投げられています。
この「キレのいいボール」とは、1秒あたりの回転数が多いボールのことを指します。回転数が多いと何がいいのかというと、ボールが浮き上がって見えるため、バッターは非常に打ちにくい。時折、「ボールが浮いているように感じる」とコメントする選手がいますが、それはピッチャーがキレのあるボールを投げていたからに他なりません。
回転数が多いキレのあるボールを生み出すには、2つの力が必要になります。1つは、踏み込んだ足から受ける上向きの地面反力。もう1つは、投げる際に下向きにかかる腕の遠心力。ドラム式ピッチングマシンで回転をかけるようにして、この2つの力がリリース時に合わさると、強烈な回転数のボールが投げられます。
ちなみに「火の玉ストレート」を投げていた阪神の藤川球児投手は152キロで約50回転、元中日の山本昌さんも球速は140キロそこそこでしたが、50回転以上のストレートを投げていたそうです。参考にプロ野球のピッチャーの平均は約37回転と言われています。
高校時代の安樂投手は、名だたる大投手と同じようなクオリティーのボールを投げていました。それでは、並の高校生では歯が立たないわけですね。
☆環境を味方につければ、160キロも夢じゃない!
このまま突き進めればよかったのですが、2年生の秋に右ヒジ尺骨神経麻痺を発症したことで、すべてが狂ってしまった様に思えます。その後、右ヒジの状態は回復したとは言っても、ルーキー時代のキャンプのピッチングを見た時に愕然としました。あの全身を使った躍動感のあるフォームは消え、腕だけで投げるというフォームになってしまっていたのです。
こうなった1つの要因として、ケガの再発を恐れて、単に故障しにくいフォームを模索してしまった、と考えられます。安樂投手の場合は、右ヒジが気になって、体幹部の躍動感を抑えて、投げ腕で調整しようという心理が見えます。「投げ腕で調整する」と言うと聞こえはいいかもしれませんが、単なる「手投げ」ですので、スピードもキレも生まれません。いわゆる「棒球」になります。本来なら躍動感のあるフォームの中で、故障したヒジに影響のない投げ方を模索してほしかったのですが……。
さらに、済美高時代の恩師、故・上甲正典監督との約束である「160キロ」という目標を叶えるために、力んで投げているようにも思えます。多くのピッチャーは、「球速=パワー」という考えに陥りがちで、安樂投手も腕の筋力でスピードを出そうとしています。それでは投げ腕の遠心力が弱くなります。見た目のスピードは出るかもしれませんが、キレは出ません。
大切なのは、同時に反力を使うことです。地面からの反力と投げ腕の遠心力がうまく合わされば、安樂投手も大谷翔平投手(日本ハム)のようにキレのある「160キロ」を達成できると思います。規模が大きい話ですが、地球など周囲の環境が地面反力などの力を提供して助けようとしているにも関わらず、自分の筋力だけで投げようとして悪循環にハマっているというのが、現在の安樂投手から受けた印象です。
☆最後の200勝投手をお手本に、200勝を目指せ!
そんな安樂選手の復活のカギを握るのは山本昌さんです。
投げ腕こそ右と左で違いますが、足を上げると同時に体幹部が曲がり、前足を踏み込もうとする時に両腕の「割れ」の動きとともに体幹部は反る。前足の接地時にリラックスして体幹部は再び曲がり、投げようと腕を回してリリースする流れの中で地面反力を受けて体幹部は反り、腰がグッと入って(いわゆる「胸を張る」動作ですね)、ボールを投げます。
このような体幹のリズムが瓜二つ。ボールの回転数で勝負するという面も一緒ですから、ぜひとも参考にしてほしいところ。
そして動画のように、ヒップホップのリズムに乗りながら足を上げて背骨を曲げるという練習方法も取り入れてみてもらいたいですね。これを繰り返すことで、いいフォームを取り戻せるはずです。
私の中では、「プロの中でも最高クラスの逸材」から「なんとかプロに入れた」、そして「いつ戦力外にされてもおかしくない」と評価が崩れていきました。ここまでは期待を裏切られてしまっていますが、ここからはいい意味で期待を裏切る活躍を見せてほしいですね。
そしてお手本にした山本昌さんのように、たくさんの勝ち星を積み上げられるピッチャーになることを願っています。
■タイツ先生プロフィール
1963年生まれ、栃木県出身。本名は吉澤雅之。小山高時代は広澤克実(元ヤクルトほか)の1学年下でプレーし、県大会準優勝を経験。現在は「自然身体構造研究所」所長として、体の構造に基づいた動きの本質、効率的な力の伝え方を研究し、幅広いスポーツ選手の指導にあたっている。ツイッター:@taitsusensei では、国内外問わず、トップアスリートたちの動きについて、つぶやいている。個々のレベルに合わせて動画で指導を行う、野球の個別指導サービス「アドバンスドベースボール(http://www.advanced-baseball.jp/)」での指導も始まった。
文=森田真悟(もりた・しんご)
1982年生まれ、埼玉県出身。地元球団・埼玉西武ライオンズをこよなく愛するアラサーのフリー編集者兼ライター。現在は1歳半の息子に野球中継を見せ、日々、英才教育に勤しむ。今季はできるだけ現地観戦をしたい。
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