本連載のタイトルは、上にもあるように「君はこんなもんじゃない!」。そこで斎藤佑樹である。
「いやいや、そんなもんでしょ?」
もはや、そうツッコむファンのほうが多いかもしれない……。
斎藤佑樹が早稲田実業のエースとして、田中将大擁する駒大苫小牧高との決勝(引き分け再試合)を制し、夏の頂点に立ったのが2006年。
その投げっぷりもさることながら、マウンド上でブルーのハンカチをポケットから取り出して汗をふくという仕草には驚かされた。それも、首筋の水滴ひとつひとつをていねいに押さえるさまは、なんともいえない上品さ。そこには、運動部の男子高校生特有の汗臭さは微塵も感じられなかった。
甲子園優勝投手という実力、スマートなルックス、そしてエレガントな立ち居振る舞い。フィーバーにならないほうがおかしい。
高校卒業後は早稲田大に進んで、東京六大学リーグでも優勝。さらに大学日本一にもなった。投手として順調にステップアップしていることを、誰もが疑わなかった。いや、実際そうだったのかもしれない。この時点までは……。
しかし、4球団競合の末に日本ハムに入団して以降の道のりは、打って変わって厳しいものとなった。プロでの6年間の成績は以下の通り。
2011年:19試合/6勝6敗/防御率2.69
2012年:19試合/5勝8敗/防御率3.98
2013年:1試合/0勝1敗/防御率13.50
2014年:6試合/2勝1敗/防御率4.85
2015年:12試合/1勝3敗/防御率5.74
2016年:11試合/0勝1敗/防御率4.56
2011年の成績は、防御率が2点台でもあり、ルーキーならぎりぎり許容範囲か。しかし、その後の5年間は残念な数字が並ぶ。その不振の大きな原因が右肩痛だ。2012年オフに関節唇損傷を発症し、2013年の1軍登板はわずか1試合に……。
手術ではなく、フォームの改造で肩痛を克服していく方針が徐々に実を結び、試合で投げられるようにはなってきた。ただ、球速は全盛期には程遠い140キロ前後で、なかなかピリッとしたところが見られず。
高校、大学時代にあれだけ熱を帯びていた斎藤周辺の空気も、年々冷え込んでいる。
それでも味方はいる。日本ハムの指揮官である栗山秀樹監督、その人だ。
栗山監督は、就任初年度(2012年)の開幕戦という重要な局面で、斎藤を先発で起用。投手としてのポテンシャルを当時からかなり買っていたことがうかがえる。
そして、あれから5シーズンが経過した2016年オフのとある記者会見でも、斎藤のことを「勝ち方を知っている投手」と評し、「勝てていないのは自分(栗山監督自身)が悪い」とも語っている。
現役監督の中でも屈指の策士なだけに、どこまで真に受けていいのかは微妙だが、邪心を排して解釈すれば、「やり方次第で結果は出せる」ということで、「斎藤はこんなもんじゃない」と導いても暴論ではないだろう。
昨年の夏、DeNA対日本ハムのファームの試合を観戦する機会があった。試合の終盤になって斎藤がマウンドへ上がり、小気味いいテンポで、左飛、空振り三振、見逃し三振の三者凡退。そこまでの両軍の投手の多くがストライクを取るのに四苦八苦していたこともあって、そのピッチングが際立って感じられた。
2016年の斎藤の2軍成績を振り返ってみると、3勝6敗で防御率4.56だから、たまたまいいときに遭遇したのかもしれないが、やはり1軍の試合で見てみたいと思わせる好投だった。
2017年は、背番号が18番から1番へと変更になる。この「1」を背に躍動していた早稲田実業時代は、端正な顔立ちのなかにも、どこかふてぶてしさ、ワイルドさが感じられ、ボールが適度に荒れることもあった。
背番号変更をきっかけとして、「あの夏」を思い出し、もう一度我々に衝撃を与えてほしい。
文=藤山剣(ふじやま・けん)