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WBCをきっかけに会いに行く(前編)

 雑誌『野球太郎』の連載でも御馴染み「伝説のプロ野球選手に会いに行く」の「週刊版」。現在、文庫版“伝プロ”も絶賛発売中!


 日本にとっては、残念な結果に終わった2013 WBC。結果と内容は別にして、僕自身、なにか気持ちが落ち着かない感じになったのは、準決勝のプエルトリコ戦、先発の前田健太が第一球を投げたあとの出来事でした。

 報道でも伝えられたとおり、アメリカ人の球審がマウンドに歩み寄り、前田が左手首に付けている数珠などを外すよう注意したわけです。
 大事な試合の立ち上がり、前田本人の心理はどう動いたのか、その後の投球になんらかの影響があったのか、定かではありません。

 ただ、テレビの映像を見ていた僕の目には、そのシーン、球審がいきなり大事なゲームに水をさしたように映ったのは確か。注意するなら「プレーボール」の前か、「チェンジ」のときでもいいのでは? と思った瞬間、06年WBCの日本対アメリカ戦における、かの有名な“誤審”が想起されました。

 今回、日本対アメリカは実現しませんでしたが、日本のチームがアメリカに渡って試合をやるときの、この完全アウェーな感じはなんなのか……。
 アウェーの象徴のように思えた“誤審”から7年も立っているというのに、その間に09年WBCもあったというのに相変わらずだな、などと思いながら、僕は06年WBCの直後、一人の野球人に会いに行ったことを思い出していました。

 その野球人とは、[日本人初の大リーガー]として知られる“マッシー村上”こと村上雅則さん。“マッシー”はファーストネームのマサノリに由来するニックネームで、渡米した際にそう呼ばれていたそうですが、僕もお会いしたときには「村上さん」ではなく、自然と「マッシーさん」と呼んでいました。

 マッシーさんといえば、野茂英雄が海を渡った当時から、MLB中継の解説者として知られています。解説での語り口はとても生真面目な印象があり、何かと厳しくて硬い方なのだろうと想像していました。
 ところが、いざお会いするとまったく違ってフランクでソフト。山梨出身ながら口調は江戸っ子のようで、話し方には落語家っぽいところもある。すぐに打ち解けた雰囲気になって、気がついたら「マッシーさん」と呼んでいたのです。

 マッシーさんに会いに行きたいと思ったのは、まさにWBCのアメリカ戦、日本が完全アウェーのような状況下で戦っているのを観たときです。

 1964年、南海(現ソフトバンク)入団2年目に野球留学で渡米した左投手のマッシーさん。ジャイアンツ傘下の1Aでプレーするなか、8月にメジャー昇格を果たしています。
 その時代の米球界における日本人選手の存在は、完全アウェーどころではなかったのではないか、しかし実はその当時と今とで変わらない部分もあるのではなかろうか−−。“誤審”がその想いを強くさせ、マッシーさんがアメリカで体験したことを知りたいと思ったのがきっかけでした。

   山梨の中学から神奈川の法政二高に進学し、2年の春・夏に控え投手として甲子園出場を果たしたマッシーさん。その投げる才能を評価した南海に誘われたとき、アメリカへの野球留学が入団の条件になったそうです。そこで、もともとアメリカでプレーしたいとの願望があったのか、尋ねてみるとこんな答えが返ってきました。

「そもそも俺、プロ野球入る気なかった。大学行って、就職しようと思ってた。今の選手みたいに、プロに行くんだとか、メジャーリーガーになりたいんだとか、そんなのはひとっつもなかった。ノンプロでサラリーマンやってりゃいいかな、という。欲も、何も、なかった」

 どちらかといえば、アメリカに行けること自体に魅力を感じて、入団を決めたようです。

「契約のとき、言われてね。アメリカに野球留学できるって。え? アメリカ? 行ってみたいなぁと。当時はまだね、普通の人はね、『いやぁ、そんなもんはもう、言葉が違う、生活が違う、そりゃあ怖い』となってるよ。でも、俺は、アメリカ、いいなぁと」
(次回につづく)


▲法政二高では柴田勲(元巨人)が1年先輩のエース。甲子園で1960年夏、61年春と2季連続優勝したチームの控え投手だった。



<編集部よりお知らせ>
facebookページ『伝説のプロ野球選手に会いに行く』を開設しました。プロ野球の歴史に興味のある方、復刻ユニフォームを見ていろいろ感じている方、ぜひ見ていただきたいです。

文=高橋安幸(たかはし・やすゆき)/1965(昭和40)年生まれ、新潟県出身。日本大学芸術学部卒業。雑誌編集者を経て、野球をメインに仕事するフリーライター。98年より昭和時代の名選手取材を続け、50名近い偉人たちに面会し、記事を執筆してきた。昨年11月には増補改訂版『伝説のプロ野球選手に会いに行く 球界黎明期編』(廣済堂文庫)を刊行。『野球太郎No.003 2013春号』では中利夫氏(元中日)のインタビューを掲載している。
ツイッターで取材後記などを発信中。アカウント@yasuyuki_taka

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