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“目線の低い席”で感じる一体感。何ものにも代えがたい神宮球場ブルペンシートでの気づき

文=勝田聡

“目線の低い席”で感じる一体感。何ものにも代えがたい神宮球場ブルペンシートでの気づき
 薫風が止み、暦の上では夏至に差し掛かろうかという時期、球界にはようやく春がやってくる。5月25日、NPBが6月19日にセ・パ両リーグを開幕すると発表したのである。未知なるウイルスとの戦いに決着がついたわけではないが、大きな一歩を踏み出したと言えるだろう。

 しばらくの間は無観客での開催ということもあり、直接の声援は送れないかもしれない。しかし、テレビやインターネット配信などを通じて、多くのファンが「野球」を観戦し、喜びを思い出すはずだ。もちろん敗戦の悲しみもあるだろうが、野球を見ることができない悲しみに比べたら微々たるもの。そんな気がする。

 現時点の報道によると、球場に観客を動員するのは早くても7月下旬になるという。開幕から1カ月はモニター越しの観戦となりそうだ。ヤクルトファンの筆者が神宮球場に足を踏み入れるのも、もちろん同じ時期となる。

 筆者の神宮球場における定位置は一塁側のブルペン付近。いわゆる「ブルペンシート」と呼ばれる席種である。このブルペンシートは前から4列目(2020年現在)までとなっており目線が低い。そのため球場全体を俯瞰することはできない。またグラウンドは近いが、ご存知のようにネットがそびえ立っているため、見やすいかと言うとそんなことはない。

 こう書き連ねると、いいところがないように見えるかもしれない。しかしそんなことはまるでない。マイナスになりうることを大きく凌駕するよさがある。

石井弘寿コーチのファンサービス


 ブルペンシートの魅力はその一体感にある。通常のナイトゲームの場合、17時30分前後に先発投手が目の前のブルペンで投球練習を始める。鳴り物応援のない試合前だ。捕球音が響く。まずここで、その日の調子を確認できる。といっても筆者は素人だ。コントロールがばらついているとか、その程度のことしかわからない。

 それでも試合前最後の投球練習を間近で見ると、その雰囲気が伝わってくる。投球を終えた先発投手はブルペン捕手や投手コーチら全員でグータッチ(といっても両手ではなく片手で)を行い、ベンチの方へと歩いていく。

 一瞬の落ち着きを取り戻したブルペンでは、石井弘寿投手コーチのファンサービスが始まる。間近で投球練習を見ていた子どもたちにボールを手渡すのである。ネットの上から投げ渡すのではなく、下をくぐらせる。一見、強面に見える石井コーチの優しい一面を確認できる瞬間だ。

ハフのルーティーン


 ブルペンが慌ただしくなるのは19時半を回ったあたりからである。アクシデントがない限りは、5回頃まではブルペンで誰も投げない。向かい側の三塁側はチームによって様々だ。例えば中日は比較的早くから動く傾向がある。その間は試合をじっくり見ることができる。

 ブルペンが一度動き出すと、試合と同時進行で目をやることになる。ヤクルトの場合、5回、6回あたりから出番の固定されていない投手たちが投げ始める。先発投手の調子がよければ投げないこともあるが、ほぼ誰かしらが登板を始める。昨シーズンであれば大下佑馬や坂本光士郎、星知弥あたりだろうか。展開によっては複数回に渡って肩を作ることもある。過酷な環境である。

 一方、セットアッパーやクローザーは登板予定の前の攻撃から投げ始める。昨シーズンであれば、石山泰稚やマクガフ、梅野雄吾らが該当する。クローザーであれば8回の裏から、8回を投げるセットアッパーであれば7回の裏である。

 自身がブルペンで投げる前にキャッチボールをすることはほとんどないが、一人例外がいた。昨シーズンまで在籍したハフである。

 ハフはブルペンで投球する少し前にブルペンを挟み、少し距離をとって、強めのキャッチボールを行っていたのである。ときには、右翼(たいがいは雄平)とイニング間のキャッチボールに励んでいた。選手によってやはりルーティーンは違うのである。

 また誰も投げていないブルペンにロジンバッグを触りに来たり、落ち着かない投手もいる。晩年の松岡健一(現2軍投手コーチ)や五十嵐亮太である。ベテランになるにつれて、そういう傾向が出てくるのかもしれない。

近藤一樹はペットボトルで喉を潤す


 いざ出番が告げられると、投手は紙コップに入った水を渡され飲み干してからマウンドへ向かう。その水を渡すのは多くの場合、最年少の選手である。ただし近藤一樹だけはペットボトルで喉を潤している。

 水を飲んでいる瞬間から、マウンドへ向かうまでの時間はわずか数十秒のこと。その瞬間にすべてが詰まっている。この試合が負け濃厚でも、前日に打ち込まれていたとしても、「頼むぞ」の声が飛ぶ。そこに罵声など一つもない。まさに我が子を送り出すかのような状況だ。

 ブルペンシートでは選手たちの息遣い、ブルペン捕手の捕球音、コーチの意外な一面、ちょっとしたルーティーン、そして感情の昂りを味わえるのである。

 試合の勝ち負けも需要だ。贔屓チームの勝利は、なにものにも代えがたいものがある。しかし、そこにプラスアルファを付け加えてくれるのがブルペンシートでの観戦だ、と筆者は思う。

 もちろんその他の席種でも、その席だけでしか味わえない「なにか」がきっとある。そういった「なにか」を感じ取ることが現地観戦の楽しみ方のひとつではないだろうか。

 今年は変則的なシーズンとなる。日本シリーズも11月21日からだという。願わくば、木枯らしが吹くその頃もブルペンシートで観戦できることを願っている。見たことのない景色が楽しみだ。

文=勝田聡(かつた・さとし)

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