【プロ野球・最短×遠回り〈同い年対決〉】坂本勇人（巨人）vs.石川歩（ロッテ）、入野貴大（楽天）

2015/5/12

　ウサギは常に先頭を走らなければならない。それは、童話でもプロ野球でも同じだ。

　才能あふれるウサギと、地道な努力でコツコツと進む亀による競争を描いた童話『ウサギと亀』。そのストーリーは今更説明する必要もないだろう。

　プロ野球の世界に置き換えれば、ウサギの代表格は坂本勇人（巨人）だ。田中将大（ヤンキース）や前田健太（広島）を筆頭に才能あふれる選手が多い「88世代」（1988年度生まれの選手たち）にあって、野手では一番の出世頭だ。

　坂本は2006年の高校生ドラフト1巡目で読売ジャイアンツに入団。大卒ルーキーであっても、なかなかチャンスが巡ってこないスター軍団にもかかわらず、1年目に1軍デビューを果たしてしまう。翌2年目には開幕スタメンを奪取し、史上2人目、セ・リーグでは史上初となる高卒2年目での全試合出場を果たして一躍スター選手にのし上がった。

　以降、満塁本塁打や1000本安打達成のリーグ最年少記録を塗り替えるなど、「88世代」の野手の中で常に先頭を走り続けてきた坂本。2012年には最多安打のタイトルも獲得し、侍ジャパンにも欠かせない存在にまで成長を遂げた。成長曲線、という意味では、曲線どころか直線続き。最短距離で突っ走ってきた印象すらある。

　今季からは巨人軍史上最年少でのキャプテンに就任。年俸も2億円を突破し、26歳にしてウサギチームの……もとい、球界の盟主の象徴にまでのぼりつめた。

　だが、好事魔多し。巨人82代目の4番打者に指名されたばかりの4月末、左ふくらはぎの張りのため、出場選手登録を抹消された。2008年のレギュラー獲得以降、故障での登録抹消は初めてのことだ。やはりウサギは、走り続けることはできないのか……そんなことも頭をよぎってしまった。

「88世代」の遅咲きたち

　プロ野球は『ウサギと亀』の物語以上に、一発逆転ができる可能性の高い世界だ。坂本が歩を緩めた今こそ、球界にその存在をアピールするチャンスともいえる。

　高卒で最短距離を走ってきた坂本が「ウサギ」なら、大学・社会人を経て2014年にプロデビューした石川歩（ロッテ）、専門学校・独立リーグを経て今季からプロの世界に飛び込んだ入野貴大（楽天）、坂本と同じ2006年ドラフト組ながらこれまで2軍が主戦場だった福田永将（中日）らが「亀」の代表格だろう。

〈石川歩（ロッテ）の場合〉

　石川歩は、高校時代まで自身でもプロ野球選手になれるとは思っていなかった。高卒後は服飾関係の専門学校に進学するつもりだったが、周囲の奨めもあって中部大学に進学。そこでようやく才能が開花し、伝家の宝刀・シンカーを習得。大学日本代表候補にも選出された。

　2011年、社会人の名門・東京ガスに就職すると1年目から都市対抗野球に登板。翌年のドラフト有力候補、とも言われた。ところが、社会人2年目はケガもあって公式戦の登板は1試合のみ。当然、ドラフト指名からも漏れてしまう。

　だが、この遠回りが石川の意識を変えた。フォームを見直し、体重も増やした社会人3年目に最速151キロを計測するようになり、2013年ドラフト会議ではロッテと巨人が1位指名で競合する選手にまで成長を遂げた。まさに『ウサギと亀』の亀のように一歩ずつ着実に階段を上がり、プロの高みに到達したのだ。

▲東京ガス時代の石川歩

　プロの世界でも期待通りの投球で1年目から2ケタ勝利を挙げ、新人王にも選出された石川。今季もすでに3勝を挙げ、エースとしてチームに欠かせない存在になっている。

〈入野貴大（楽天）の場合〉

　紆余曲折、という意味では、楽天・入野貴大が歩んできた道もまた独特だ。高校卒業後の2007年、大学に進学せずに広島のプロ育成野球専門学院に進学。ところが、この学校が1年で閉校。翌年、独立リーグの四国・九州アイランドリーグ（現四国アイランドリーグplus）の愛媛に入団した。

　愛媛では1年目からリリーフとして活躍。以降、毎年安定した投球を見せたものの、一向にプロからの指名はなかった。「プロになるためには何かを変えないと」という危機感から、入野は2013年に同リーグの徳島への移籍という変化を選択する。

▲徳島インディゴソックス時代の入野貴大

　そして徳島での2年目、自身でもプロ入りラストイヤーと決意した2014年にもうひとつの変化を経験する。それまで、中継ぎか抑えが主戦場だった入野に、先発の役目が回ってきたのだ。この配置転換が入野の運命を変えた。この年、最多勝のタイトルを獲得して、リーグ制覇と独立リーグ日本一に貢献。年間MVPまで獲得するビッグイヤーとなり、独立リーグ7年目にしてようやく、楽天からドラフト5位で指名を受けたのだ。

　待たされ続けた男のプロデビュー戦は早かった。開幕3戦目に2番手として登板。3回1/3を5失点（自責点4）という苦いデビュー戦となったが、その後も貴重なセットアッパーとして奮闘を続けている。

〈福田永将（中日）の場合〉

　小・中・高とスター街道を歩みながらも、プロでは鳴かず飛ばずの8年を過ごす。しかし、今季はオープン戦から打ちまくり、5月10日時点での成績はチーム2冠となる5本塁打18打点、時にスタメンで4番に名を連ねるまでになった福田永将（中日）はV字回復パターンの「亀」と言える。
※福田永将のアマチュア時代については、今週更新の「俺はあいつを知ってるぜっ」もご覧ください。

立ち止まった坂本勇人の次の一歩は？

　さて、もう一度「ウサギ」の話に戻ろう。
　努力した亀が最後に逆転勝利、つまり才能に溺れたウサギの逆転負けで『ウサギと亀』の物語は終わる。だが、人生におけるレースは一度だけではない。ゴールテープを切っても、すぐにまた新たなレースが始まる。挫折を糧にすることができれば、才能あふれるウサギなら今度こそぶっちぎりのゴールを切れるはずだ。

　そもそも、ウサギの方が楽で得ばかりをしているかといえば、決してそんなことはないだろう。

　『ウサギと亀』をたとえる格言として「急がば回れ」が使われることがよくある。その語源は、室町時代の連歌師宗長が詠んだ次の歌とされている。

「武士（もののふ）の　矢橋の舟は早くとも
　急がば回れ　瀬田の長橋」（※唐橋とする説も）

　東から京の都へ上る場合、矢橋（やばせ）の港から船に乗って琵琶湖を横断する航路が一番速い。だが、比叡おろしの強風で航路が乱れることが多く、それよりも、瀬田まで南下して橋を渡った方が確実、という意味だ。

　だが、こうも考えられないだろうか？　強風をものともしない力があるからこそ、最短距離を走ることができる。それこそが本物の「武士」なのだ、と。

　これまで同世代のトップランナーとして、常に向かい風を浴びながら走り続けてきた坂本勇人。一度立ち止まってからどんな歩みを見せるかで、彼が本物の武士かどうかの判断材料になるはずだ。だからこそ我々は、今こそ「坂本勇人の物語」にも注目しなければならない。


■ライター・プロフィール
オグマナオト／1977年生まれ、福島県出身。広告会社勤務の後、フリーライターに転身。「エキレビ！」、「AllAbout News Dig」では野球関連本やスポーツ漫画の書評などスポーツネタを中心に執筆中。『木田優夫のプロ野球選手迷鑑』（新紀元社）では構成を、『漫画・うんちくプロ野球』（メディアファクトリー新書）では監修とコラム執筆を担当している。近著に『福島のおきて』（泰文堂）。Twitterアカウントは@oguman1977（https://twitter.com/oguman1977）