今シーズン初の神宮球場での試合に関東の広島ファンは興奮を隠せずにいた。開幕から半月以上が経ち、ようやく関東の聖地・神宮球場で生の試合が見られる。その喜びは、自由席の入場券を求める長蛇の列が物語っていた。
平日の昼下がりにも関わらず、その列は隣接する神宮第二球場を遥かに超えて伸びていた。これは、開幕ダッシュを決め、リーグ連覇が現実のものとして感じられる喜びの表れでもあるだろう。
ちなみに、関東での広島戦はすでに4月11日から13日にかけて、東京ドームで巨人を相手に行われていた。
しかし、先述した通り、関東の広島ファンの聖地はあくまで神宮球場。その理由は諸説あるが、近年の広島人気の火つけ役が関東の広島ファンであり、神宮球場には不人気時代からファンが大挙して駆けつけていたことが大きいといわれている。
また、神宮球場の方が、東京ドームよりもホームとビジターの色分けがはっきりしている。他球団を過度に敵視しないヤクルトファンの温厚な気質も手伝い、敵地ながらホーム感が強いのだ。
これらの理由から、神宮球場が関東の聖地とみなされるようになった、という説が有力だ。決して、東京ドームでの戦績が悪いことが、東京ドームを聖地としない理由ではないと思いたい……。
ほどなくして関東の聖地は、試合開始数時間前にもかかわらず真っ赤に染まっていた。
壮絶な席取り合戦を終えた広島ファンは試合開始までひと時の休息。それぞれがのんびりと雑談に花を咲かせている。
ここで気になったのが、10数人はいるであろう、あるコミュニティのファンたちが口々に「明けましておめでとう」と、挨拶を交わしていたことだ。
4月も下旬にさしかかったなかでの新年の挨拶にはいささか違和感を覚えたので、気になってしまったのだが、昨シーズンが終了してから直接、顔を合わせる機会がなかったのだろう。
野球に興味のない方からすると、「野球のみのつき合い=希薄な間柄」に見えるかもしれない。しかし「広島」と「神宮球場」と起点に10数人も集結するくらい縁が深いともいえる。実は、その絆は強く、太い。聖地・神宮球場にはそれだけ広島ファンを惹きつける魅力があるのだ。
この日は、神宮球場をきっかけにつながっている彼らのようなファンが多く訪れたことだろう。
広島ファンと神宮球場に乾杯! ということで、筆者お気に入りの神宮球場名物(?)の瓶ビールを流し込み、いよいよ「聖地開幕戦」の火蓋は切られた。
高ぶる気持ちと裏腹に、結果は1対3で敗戦。ルーキーの加藤拓也が6回3失点と粘りの投球を見せるも、広島の強力打線はヤクルトの先発・石川雅規の前に沈黙。得点は鈴木誠也の1発のみに終わり、今季初の3連敗を喫してしまった。
7安打を放つも、チャンスらしいチャンスもなく、盛り上がりに欠ける内容だった。
しかし、広島ファンの多くが敗戦の悔しさを強く滲ませていなかったのが印象的だった。フラストレーションのたまる展開に加え、3連敗。例年ならばら怒号を浴びせる者や、悔しさのあまり泥酔する者を見受けられるところだが、見渡す限りは皆無に等しかった。
「ルーキー・加藤対エース・石川」という構図から見て、戦前から分の悪さを感じていたのか? それとも、10連勝で得た大きな貯金があったからか? はたまた、暗黒時代さながらの負けっぷりを見て、懐古趣味的な感傷に浸ってしまったのか?
いずれにせよ、気持ちに余裕があったのだろう。言えるのは、敗戦の悔しさを、神宮球場での野球が「開幕」したことへの素直な喜びが凌駕していたということ。筆者はそう考える。実際に自分もそんな気持ちだった。
神宮球場は1986年のリーグ優勝を始め、広島の様々な名場面が生まれた球場だ。昨シーズンも、この地で新井貴浩が2000本安打を達成した。
今年はどんなエキサイティングなシーンが見られるのだろうか? 関東の広島ファンの多くが望むのは聖地での連覇達成だ!
文=井上智博(いのうえ・ともひろ)