週刊野球太郎
中学、高校、プロ・・・すべての野球ファンのための情報サイト

『頑張れないわけがないでしょ!なんかめっちゃ気力が湧いてきた!』と思春期の長男に言わせしめたイベントとは…(第49回)

 子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! しかし、そんな親の思惑を、よくも悪くもことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考える「野球育児」コーナー。今週は、思春期の子どもたちに一番響く言葉について…。


長男に手渡したポチ袋の中身とは?


 今年の元旦。高1の長男・ゆうたろうに手渡したお年玉用のポチ袋には現金は入れず、代わりにあるものを5枚入れていた。

「こ、これは…?」

 おそるおそる中身を取り出し、その正体を確認するゆうたろう。

「え!? まじで!? “さやみる”やん! すげー!」

 ポチ袋の中に入れていたのはアイドルの握手券。
 “さやみる”とはAKB48の姉妹グループで大阪・難波を拠点に活動するNMB48のツートップ、“さや姉”こと山本彩、“みるきー”こと渡辺美優紀の2人。この2人のアイドルと1月後半の土曜日に握手できる権利を示すチケットだった。

「お年玉代わりな」
「サンキュ! しかし、よう取れたな、これ!」

 息子の携帯の待ち受け画面がいつしかこの2人になっていたこと、そして以前「NMBの握手会、行ってみてぇなぁ〜」と独り言のようにつぶやいていたことは知っていた。ちょっとしたサプライズを実行してやろうと思い、チケット抽選の申し込みをしたのは去年の10月。今や300人近い48グループのメンバーの中で、AKB48の大島優子に次ぐ握手券完売スピードを誇る2人のため、競争は激しく、ダメ元で申し込んだのだが、抽選の結果、1日約5000枚売り出されたうちの5枚が当選した。

見切り発車するしかなかった抽選申し込み


 10月の時点で1月後半週の長男の予定など知る由もなかったが、その頃、野球部はちょうど冬季トレーニングの真っ只中。時期的に日が暮れるのも早く、シーズン中よりは練習が早く終わる可能性があるかもしれない。一番夜遅い、18時半から20時の間に握手券を使用できるという条件のチケットを申し込めば、行ける可能性は30パーセントくらいはあるのでは? と予想し、申し込みボタンを押した。

「握手会場が大阪の南港で、一番最後の第5部の開始が18時半、最終受付が19時40分か…。おれ、間に合うのか、これ??」

 神戸の山奥の野球部のグラウンドから握手会場までは電車で約2時間強はかかる。18時半に着こうと思えば、16時過ぎにグラウンドを出なければ間に合わない計算になる。

「土曜日で朝一から練習してるから、たまに16時頃終わる時はあるんだけど、実際その日になってみないとわからんな…。雨でも降ったら、早く終わるかもしれんけど…。これ、もしおれが間に合わなかったら、どうなるん? このチケットパーになるん…? 誰かに譲ったりはできないん?」

「残念ながらパーになるなぁ…」

 このチケットには息子の名前と住所が印字されており、受付で身分証明書と照合され、本人であることが認められないとレーンに並ぶことはできない決まり。他人への譲渡はできないため、チケットに記載された時間内に本人が受付を通過できなければ、ただの紙切れと化してしまう。

「え〜! それは避けたいなぁ〜!」
「運試しやと思って、当日迎えな」
「くそ〜っ。大雨降らへんかな…!」

握手券を入手した理由とは


このチケットをとった理由としては、サプライズで息子を喜ばせようという意味合いももちろんあったのだが、それ以上に、冬季練習期間の真っ只中で、精神的にも肉体的にもかなりへばってるであろう時期に、ちょっとしたエネルギーをチャージしてやれたらなという思いがあった。

 この連載の第37回にて、中学生時代のゆうたろうが、大島優子さんとの握手会で「私たちも頑張るから、君も野球頑張れ!」といった内容のメッセージをいただき、周囲が驚愕するほどのやる気が充電されたエピソードを記したことがあったが、その時に確信したのだ。中高校生ともなると、親が100回頑張れと言いながら尻を叩くよりも、アイドルのたった数秒間の激励のほうが、はるかに効果があるのだと。異性の力ってやつは本当に偉大なのだなと。

 もちろん、この法則はうちの息子だけではなく、世の多くの中高生にもいえること。取材の合間の雑談シーン等において、NMB48好きを自認する関西の球児は多く、その中でも、忙しいスケジュールの合間をぬって、甲子園へ足を運ぶほどの高校野球フリークぶりを公言しているリーダー・山本彩は関西の高校球児からも絶大なる人気を誇る存在だ。彼女ならばあのときの大島優子に負けず劣らずのエネルギーを息子に注入してくれるに違いない。そんな確信に近い予感があった。

無事、時間内に会場に到着!


「朝から雨ということもあって、今、練習終わったわ。今から間に合うかなぁ…?」

 握手会当日、息子からそんなメール連絡が16時半頃入った。会場は電車で行くよりも車で行くほうが早い場所にある。仕事が一段落していたので、最寄駅で制服姿の息子を拾い、車で会場まで送ってやることにした。

「すまないねぇ、父ちゃん……」
「ここまできたらとことん協力したるわい、もう…。チケットが紙切れになっても、もったいないしな」

 会場に到着するや、チケットと身分証明書となる学生証を握りしめ、受付に走る長男。広い会場を見渡すと、夜遅い最終の部ということもあってか、明らかに部活の練習帰りと思われる、野球カバンを背負った丸坊主の中高生の姿がちらほらと視界に入る。中には着替える時間もなかったのか、ユニホーム姿のまま、列に並んでいる球児もいた。

(自分が高校生の頃に当時好きだった松田聖子とか小泉今日子と握手して会話ができるようなイベントがあったとしたら、きっと同じようなことをしてるような気がするなぁ…。そう考えると、これってすごいシステムだよなぁ。好きなアイドルと会えちゃうんだもんなぁ…)

 このグループの場合、握手会といっても、ただ握手をして終わりではない。チケットの枚数に応じた時間で会話ができるところが一昔前のアイドルの握手会と一線を画すところであり、この日の長男の場合だと2人合わせて1分弱話ができる計算になる。(これが短く感じるか、長く感じるかは人それぞれだろうが…)

トップアイドルに注入されたエネルギー


 約90分後、まったりととろけたような表情で、私が時間をつぶしていた場所に現れた息子。この日交わした会話レポートを車内で聞きつつ、帰途についた。

「さや姉は向こうからもどんどんしゃべってくれたわ。『お! 高校球児やな! 何歳なん? 高1? 私、丸坊主の子、大好きやで! どこで野球やってるん? そういえば、その制服を着た子、見たことあるな〜』みたいな感じで」

「へぇ〜」

 最後は「厳しい練習にしっかり耐えて、頑張って甲子園出てや〜! 甲子園出たら絶対に応援しにいくから!」といった激励の言葉を力強い握手とともにくれたらしい。(もちろんどの球児にも言ってるのだろうが…笑)

「みるきーはどうやったん?」

「みるきーはさや姉とは好対照なタイプやったけど、しっかりと釣られてきたわ。『甲子園出たら観に来てください!』って言ったら、『そうやな〜甲子園は暑いからテレビで見ようかな〜』みたいなちょっと変わった返しで」
※「釣られる」とは、うまいように対応されて、そのアイドルによりひきこまれること。

「あ〜なんか言いそう」
「でも、『私、坊主頭好きやねん〜』って言いながら頭なでなでしてくれたわ」

「まじか!?」
「最後にあのみるきースマイルで『野球頑張ってね! 応援してるからな!』やで。こんなことあの二人に言われて、頑張れないわけがないでしょ! なんかめっちゃ気力が湧いてきた! 明日からの“冬練”頑張れそうな気がする!」

 いつまで効力があるのかはわからないが、とりあえず、当初の狙いは無事成功したようである。

友人とのお酒の席でのとある会話


「しかし、その2人、48グループトップクラスの握手人気を誇るだけあって、さすがの神対応やなぁ…。まさに一流やな」

 次の週、友人とお酒を飲みに行った際に、息子の握手会の話になったのだが、友人はトップアイドル2名の対応に感心しっぱなしだった。

「だってあの2人の場合、朝から夜まで立ちっぱなしで、次々と別々の会話を振ってくる何千人もの人を相手にしてるんやろ? なのに、夜遅くの一番しんどい時間帯にそんな見事な対応を一高校球児に投げかけることができるなんて、すごいよなぁ!?」

「それは息子も言ってたわ。『一日中、立ちっぱなしで、いろんな人が振ってくる話題に頭をフル回転させながら握手し続けてただろうに、そのしんどさをいっさい感じさせない笑顔で、あんなに元気の出る言葉をくれた』って」

「体力なきゃアイドルも一流になれないよな」

「『なんの仕事をやるにしても、一流になろうと思ったら最後は体力勝負やで』って思わず息子に言っちまったよ」

「まぁ、でも、おまえが言わんでも、息子さん感じてるんちゃう?」

「そうそう、親がいくらああだこうだと世の正論を言ったところで、思春期の息子ってなかなか素直に聞けないもんだし、こっちが思うようには心に刺さらないもんよ。だから今回もこんなサプライズしたわけでさ……。親の言葉より、一流のアイドルの生の対応を直接感じるほうが絶対に刺激になるなと」

 友人はジョッキに残っていたビールをグビッと飲み干すと、こんな言葉を口にした。

「いやぁ、おまえの思春期の息子に対する子育て法もけっこう参考になるわ!」

「そ、そう? なにが?」

「おまえ、子どもにいい影響を及ぼすと思ったことは手段選ばずやるやん? スポーツ番組とかで息子に聞かせたいようないい話を野球選手が言ったとしても、そのままお前が言ったり、『この番組を観ろ!』と強制するんじゃなくて、さもたまたま流れてるように、息子さんがリビングにきそうな時間を逆算しながら、ビデオを再生したりとか、よくしてるやん?」

「あぁ、やってるなぁ。だって同じ言葉でも俺が言うより、野球選手経由で聞いたほうが絶対に心に刺さるからなぁ」

「今回は野球選手じゃなくて、トップアイドルやけど、発想は同じやん? 息子にいい影響があるなら、手段は二の次ってことやろ? なかなかアイドルの握手券をお年玉代わりに与えた話なんて聞かないで。普通は二の足踏むで。ちょっと参考にさせてもらうわ、その手段を選ばない姿勢と発想は」

 いやぁ、こんなまどろっこしいことするより、親の言うことを素直に聞く子どもに育てたほうが話は早いんじゃないですかねぇ…。


文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。

記事タグ
この記事が気に入ったら
お願いします
本誌情報
雑誌最新刊 野球太郎No.32 2019ドラフト直前大特集号 好評発売中
おすすめ特集
2019ドラフト指名選手一覧
2019ドラフト特集
野球太郎ストーリーズ
野球の楽しみ方が変わる!雑誌「野球太郎」の情報サイト
週刊野球太郎会員の方はコチラ
ドコモ・ソフトバンク
ご利用の方
KDDI・auスマートパス
ご利用の方