以前紹介した野球古本
「君は王貞治になれるか(荒川博著)」の熱気に当てられたのか興奮冷めやらぬビブリオ小野店長とともに、今回紹介するのは『君もヒーローになりたくないか(村山実著)』です。唐突に「王貞治になれるか?」と聞かれた後、今度は「ヒーローになりたくないか?」とは支離滅裂な感じを受けますが、これも野球古本の醍醐味。時空を超えた古き良き野球本との出会いには多少の無理な展開はご愛嬌...といった気分になってくるものですよ、はい。
さて、村山実氏の経歴をざっと振り返ると、関西大学卒業後の昭和34年に阪神タイガースに入団。10年間の選手生活の後、コーチ兼任、監督兼任選手として長く活躍。沢村賞を3度も獲得した大投手で、天覧試合にて長嶋に打たれたサヨナラホームランを後々まで「あれはファールだった」と言って譲らなかったなど、様々なエピソードを残しています。ファンに惜しまれながらも昭和47年にプロ野球界から一旦、身を引くことになりました。
そこからがスゴい。それほどの実績がありながら引退後はプロ野球界とは全くの別世界である一般企業に飛び込みます。4年弱のサラリーマン生活を経て昭和50年7月に「KKリージェント社」というスポーツ用品を扱う会社を設立して代表取締役に就任。肩書きだけの代表取締役はよく耳にしますが、村山氏は違います。本人自ら率先して、額に汗して働きました。
この本にはその頃の様子が克明に記されております。例えば会社立ち上げ直後、取引先の米国企業から届くはずの商品が待てど暮らせど届かない。社員を抱えているが、売る物がないのだから社員は働くことができない。「会社経営に失敗すれば、無一文になるかもしれない」といった焦りが生々しく書かれています。あるときは取引先の一方的な通告で数億円の売り上げがゼロになった事もあったそうです。
「村山さん、名前や顔だけでできるほど、甘いもんやおまへんで、商売は。」とバリバリの関西弁で嫌味を言われつつ、それでも村山氏は頑張ります。現役時代、身体全体を使ったダイナミックな投球フォームから名づけられたザトペック投法のように、野球の世界とは異なるビジネスの世界でもなりふり構わず、ダイナミックに活躍。取引先に本人自ら出向くのはもちろん、社員と共に協力して会社を大きくさせていく奮闘記としてまとめられています。事実、会社の方は年商約20億円を稼ぎ出す優良企業に成長し、阪神の監督に再度就任してからも、経営に携わっていたそうです。61歳の若さで他界されましたが、この本のタイトルどおり、野球の世界でもビジネスの世界でも「ヒーロー」になったのでした。
最近「今季で引退した金本選手の背番号6を阪神の永久欠番に」といった話題がありましたが、そこで知ったのは阪神タイガースの永久欠番選手。10番の藤村富美男、23番の吉田義男、そして11番の村山実。それほどの伝説の選手が現役引退後にプロ野球の世界から一般企業に丸腰で飛び込んだ時の想い、その苦労や世界観の違いなどがリアルに描かれたこの本は、野球を知らないビジネスマンにとっても勉強になる一冊といえるでしょう。
日本シリーズも終わり、プロ野球界ではストーブリーグの真っ最中。プロ野球界から離れて別世界に飛び出していく元選手も多いでしょうが、そんな選手にこそ読んでもらいたい野球本です。