梅雨も空け、甲子園への幕も開く!
母校や注目選手の結果に一喜一憂する長くて熱い夏が今年も遂にスタート。そして野球の季節になると妙に恋しくなるのが高校野球漫画だ。酒の席で『ドカベン』の話題で喧々諤々し、『タッチ』のような青春を送りたかったと、遠い目をした経験はないだろうか?
一方で、「昔はよく読んでたけど、最近の野球漫画はよくわからない」という方も多いだろう。もちろん今日でも、高校野球漫画は雑誌のエースコンテンツ。しかも近年は、テーマ設定やキャラクター構造が細分化し、多様な野球漫画が次々に生まれる、野球漫画戦国時代なのだ。
そこで今回は、「女」、「捕手」、「投手」、「金」、「内情」……この5つのキーワードで、高校野球漫画の現在地を探ってみたい。
近年の野球漫画で不思議と多いのが、監督が女性(しかも美人!!)であるということ。『おおきく振りかぶって』の「モモカン」こと百枝まりあがその代表格だ。他にも『天のプラタナス』の天木美朝、『ボール・ミーツ・ガール』の藍上彩葉。既に連載終了してしまったが、2000年代を代表する高校野球漫画『最強!都立あおい坂高校野球部』も、監督の菅原鈴緒は女性だった。
彼女たちに共通するのは、まずは野球への異常なまでに高い情熱。そしてもうひとつが、スタイルも抜群でとても女性的な側面も併せ持っている、ということ。もちろん、「おっぱいバレー」のような展開には決してならないのだが、淡く期待する読者もいるかもしれない。
思うにこれは、かつて『巨人の星』の星一徹などに代表される“父権的野球”へのアンチテーゼなのではないだろうか。彼女たちは皆、姉のようでもあり、また時に母のような存在にもなる。この母権的な立ち位置こそが、ある意味、現在の高校野球から最もかけ離れた部分であり、同時にまだまだ「少年」である高校球児に必要な存在であり、それ故、漫画的に表現しやすいモデルになっているのである。
かつて、高校野球漫画のキャッチャーと言えば、『ドカベン』の山田太郎しかり、『タッチ』の松平孝太郎など、その一番の魅力は打撃であった。そして、お山の大将のようなエースピッチャーをいかにもり立てるか、が重要な仕事であった。
しかし、現在の高校野球漫画では、『おおきく振りかぶって』の阿部隆也、『ダイヤのA』の御幸一也、『ラストイニング』の八潮創太、『GRAND SLAM』の蔵座直哉など、クレバーな配球と試合を読む力が重要なファクターになっている。彼らは皆、それぞれの作品における主人公ではない。しかし、その作品において、最も描写時間が長いのもまた彼ら捕手なのである。これは、近年のプロ野球における捕手の重要度・依存度と比例していると言えるだろう。
彼ら捕手たちの決断力に比べると、何とも優柔不断だったり、ワガママだったり、自分勝手な投手が増えているのも昨今の高校野球漫画の大きな特徴。いずれにせよ、繊細な人間が多くなっている。
しかし、その繊細さ故か、ストロングポイントが「コントロール」である投手が増えているのが何とも興味深い。『おおきく振りかぶって』の三橋廉、『GRAND SLAM』の世界一心、『天のプラタナス』の海原夏生など、狙ったところに寸分違わぬコントロールで投げ分けることができるという特殊能力を持っている。
前日本ハム投手コーチの吉井理人は著書の中で、「現代の魔球とは<緩急>だ」という発言をしていたが、彼らのこの「コントロール」という能力は、その吉井の説を裏付ける一助にもなっている。魔球なき時代の新たな“魔球的なもの”こそ、コントロールと緩急差を用いて、ストライクゾーンをいかに立体的に演出するか、ということなのだ。
近年の作品の多くに共通するのは、登場人物の多様性であるだろう。主人公は球児たちだけではない。監督、学校経営者、保護者、スカウトなどなど、高校野球の外堀を埋める大人たちのエピソードも、作品の中で重要な位置を占めている。
特にそれが顕著なのが『砂の栄冠』だ。甲子園は金で買えるのか(行けるのか)、という作者・三田紀房らしいテーマ設定を元に、一般的な野球漫画と比べてブラックな要素が散見される。また、『ラストイニング』では、お金がかかる野球部が学校にとっての“不良債権”と見なされたところから物語が始まっている。甲子園に出られなければ野球部は廃部、というストーリーであったのだが、甲子園出場を果たした今はさらにスケールが増し、学校存続の行方をかけ(甲子園で注目を浴び、学校を高く買ってもらうため)、球児たちは戦っている。野球部の活躍が入学者・受験者数の増減に直結すると言う、昨今の高校経営を皮肉った描写であると言える。
また、上記2作品とは少しベクトルが変わってくるが、『ダイヤのA』では監督の進退問題がここ最近の大きなテーマにもなっている。大人たちと球児たちのグラウンド外の戦いも見どころのひとつだ。
最後のテーマが「内情」。『ダイヤのA』の作者・寺嶋裕二、『野球部に花束を』の作者・クロマツテツロウは、ともに元高校球児。自身で経験してきたからこその野球部にまつわる悲喜こもごもが、作品にユーモアとリアリティを描き出している。
『おおきく振りかぶって』の作者・ひぐちアサは元高校球児ではないが、中・高とソフトボール部に在籍し、大学ではスポーツ心理学を専攻。それらの経験を最大限に生かし、かつ、母校である埼玉県立浦和西高等学校をモデルにし、作者自身が練習風景などを長期取材することで可能にした、野球部、保護者、マネージャー、指導者たちの心の揺れ動く様こそ、今作が成功した所以であるだろう。