このキャンプで鳥谷が唯一脚光を浴びた場面といえば、2月8日の紅白戦だろう。
この日、スタメンには名を連ねていなかった鳥谷だったが、サプライズで9番・指名打者として登場。藤浪からライトにクリーンヒットを放ったのだ。
「9番指名打者、鳥谷」とアナウンスされた瞬間、場内は万雷の拍手につつまれ、快音を残して鋭いライナー性の打球が飛ぶと、観客はどよめいた。
ただの紅白戦。しかも1打席の出来事ではあるが、昨シーズンの鳥谷の苦悩を感じとったファンの多くが、復活を期待しているのがわかるシーンだった。
現在、レギュラーの確約がない鳥谷にとって、ポジション争いという面では過酷なキャンプだったに違いはない。昨シーズン終盤、成長著しい北條史也に奪われたショートの座は、そう簡単には戻ってはこない。
しかし、昨シーズンの鳥谷を襲っていた「キャプテンとしての果たすべき責任」や、「フルイニング連続試合出場」などのプレッシャーからは開放された。
キャプテンの役割は、福留孝介が鳥谷に代わり引き受け、チームの主軸としての役割は、糸井嘉男が引き受けてくれているからだ。
そういう意味では、プロ野球きっての人気球団ゆえに必要以上に騒がれる阪神にあって、入団以来、初めて自由に自らのペースで調整できる機会を得たのかもしれない。
このキャンプでは、鳥谷は福留と行動をともにすることが多い。1年間、鳥谷からキャプテンマークを預かったという福留が、その言動を通して鳥谷の復活を導いているようにさえ見える。
お互いに一歩も引かない北條との過酷なポジション争いは繰り広げられているが、いざ実戦が始まれば、2人のどちらかがサードまたはセカンドに回り、ともに内野のレギュラーとして戦うのは間違いないだろう。
若手がめまぐるしく台頭しているとはいえ、鳥谷をはじめ、福留、糸井などのベテランの力なくして、今シーズンのペナントレースは他チームと互角には戦えない。
そして、悩み苦しむ鳥谷の姿を見てきた多くのファンにとっては、鳥谷が完全復活してこその優勝でなければ、本当の意味で勝利の美酒に酔うことができないのだ。
文=まろ麻呂
企業コンサルタントに携わった経験を活かし、子どものころから愛してやまない野球を、鋭い視点と深い洞察力で見つめる。「野球をよりわかりやすく、より面白く観るには!」をモットーに、日々書き綴っている。