昨春、高松商高と対戦したセンバツ準決勝の延長11回、主将としてチームを引っ張ってきた捕手・九鬼隆平は頭部に死球を受けて退場。担架に乗せられ、涙を流しながら甲子園を後にした。
涙の理由は、「日本一」という鍛冶舎巧監督との約束を果たせそうにないこと(結果、秀岳館は準決勝で敗退)。そして、初戦で骨折したことで、大会を通じてベストなプレーを発揮できなかったからだ。その悔し涙が頬をつたった。
最後の夏は、4月に起こった熊本地震の影響で、ほぼ準備期間がないまま熊本大会を迎えることに。しかし、故障の癒えた九鬼が引っ張る秀岳館に敵はなく、熊本大会を制して夏の甲子園切符をつかんだ。
甲子園では優勝こそできなかったものの準決勝まで勝ち進み、春夏連続ベスト4。タレント揃いのチームメイトを束ね、攻守に光るプレーを見せた九鬼は「高校ナンバーワン捕手」の評価を不動のものにした。
九鬼は攻守に優れた大型捕手で、投手のよさを引き出すリードにも定評がある。
センバツでは、甲子園デビューの田浦文丸(当時1年)を好リードし、田浦のうちにある勝負強さを引き出した。これは九鬼の巧みなリードとキャプテンシーのなせる技だ。
一方、センバツで力を発揮させきれなかった川端健斗(当時2年)には、「彼の力はこんなものじゃありません」とフォロー。事実、川端は春以降に急成長を遂げ、夏の甲子園ではチームの躍進を支えるキーマンとなった。
このように投手のポテンシャルを引き上げる能力も超高校級。それでいて「捕手本位」の個人プレーに走らず、常に投手のペースを見ながら「気持ちよく腕を振らせる」ことを優先している。
投手ファーストでリードしながら、主将としてチームもまとめあげる能力にも長けた九鬼の存在感は圧倒的だった。
また九鬼は、夏の甲子園で三塁打を放つなど、スピードがあるところも見せつけた。持ち前の打力に走力も兼ね備えているとなれば、目指してほしいのは捕手史上初のトリプルスリー。
壮大なロマンに感じるが、鍛冶舎監督は「決して夢物語ではない」と太鼓判を押す。アマチュア野球界で圧倒的な実績を誇る恩師に背中を押されて、稀代の高校生捕手はプロの門を叩く。
もちろん、持ち前のリード力で12球団最強と言われるソフトバンク投手陣をどう操っていくのか、という興味も尽きない。九鬼とバッテリーを組むことで潜在能力を開花させる投手も、必ずや現れることだろう。
近い将来、ソフトバンクの正捕手争いに、九鬼が決着をつける可能性は高い。そんな期待を抱かせてくれる逸材を追い続けていきたい。
(※本稿は『野球太郎No.021』に掲載された「28選手の野球人生ドキュメント 野球太郎ストーリーズ」から、ライター・加来慶祐氏が執筆した記事をリライト、転載したものです。『野球太郎No.021』の記事もぜひ、ご覧ください)
文=森田真悟(もりた・しんご)