この年、登録名を鈴木一朗から変更したイチロー(オリックス)が大ブレイク。独特のバッティングフォームがコーチ陣に理解されていなかったが、新しく就任した仰木彬監督の目に留まり一軍に抜擢。この日の最終戦まで打ちに打ったり、当時のプロ野球新記録である210安打、パ・リーグ新記録となる打率.385を樹立した。この年からイチローは日米で8年連続首位打者の偉業を達成することになる。