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《名物オーナー列伝》クジラ一頭で選手を賄える!? 大洋ホエールズオーナー・中部謙吉


 これまでに多くの球団が生まれては消え、今に至るプロ野球。戦後直後から、復興へ向けて立ち上がろうとする人々に夢と力を与えてきたが、その発展には選手のみならず、スケールの大きなオーナーたちの尽力もあった。

 週刊野球太郎では『どえらい男たちがいた。プロ野球名物オーナー列伝』を連載。プロ野球史に名を残す、名物オーナーを紹介していきたい。

大洋ホエールズオーナー・中部謙吉


 横浜DeNAベイスターズが生まれ早5シーズンが過ぎた。DeNAの前は東京放送ホールディングス(TBS)が、2002年から球団を所有していたことはよく知られている。

 そして、TBS以前に球団を所有していたのは大洋漁業(現・マルハニチロホールディングス)だった。球団名は大洋ホエールズ。その大洋漁業で1950年代前半から1970年代にかけて社長を歴任し、球団オーナーを務めたのが中部謙吉だ。


難色を示していたオーナー職


 中部謙吉は1896年生まれ。終戦間際の1945年に大洋漁業の副社長に就任し、1953年から2代目社長でもあった兄の急死に伴い、3代目社長となる。同時に大洋ホエールズのオーナーを務めるようになった。

 大洋ホエールズは1949年設立のまるは球団を前身とし、1950年のセ・パ2リーグ制時代に誕生した球団だ。当時、新興球団だった大洋ホエールズは参入初年度の1950年は5位(全8球団中)、1951年は6位(全7球団中)と上位争いには加われなかった。中部の兄が野球への情熱を燃やし誕生した球団だったのだが、1953年当時、中部は社長業とともに引き受けることになったオーナー職に難色を示していたという。

 1953年には松竹ロビンスと合併し大洋松竹ロビンスと球団名を変更。1953年、1954年の2シーズンはこの球団名で戦うことになる。1954年シーズン終了後に松竹が球団経営から撤退。再び大洋ホエールズとなった。同時に本拠地を大阪から神奈川に移し、川崎球場をホームグラウンドとする新生・大洋ホエールズへと生まれ変わった。

クジラ一頭で選手の給料が賄える!?


 川崎に移転したころから中部は球団経営に面白みを抱くようになったが、1954年から1959年まで6年連続最下位となるなど成績は振るわず、大洋ホエールズは弱小球団から抜け出せなかった。

 ここで中部は、巧みな采配から「三原マジック」「魔術師」などの異名を持つ三原脩を監督に招聘。この策が当たり、秋山登、土井淳ら明治大OB勢に島田源太郎、近藤昭仁らのメンバーが中心となり、1960年に球団初のリーグ優勝を果たす。

 日本位シリーズも大毎オリオンズを4連勝で下し初の日本一にも輝いた。ちなみに、1998年の横浜ベイスターズの優勝は、この年以来となる38年ぶりのことだった。

 1960年代は捕鯨産業も黄金期。中部は「クジラ一頭、余分に獲れれば選手の給料は賄える」との名言も残した。当時の選手たちからは「選手のことを非常にかわいがっていて、個人商店のようだった」との証言もあり、嫌々始めた球団経営にのめり込んだ様子がうかがえる。

 また、「一人の監督に3年、5年でもやらせてみてダメだったら終わりにしよう」という趣旨の発言も残っており、トップの頭をコロコロ変えてはいけないという考えがあったようだ。


横浜スタジアムの完成を目にすることなく死去


 しかし、1970年代になるにつれて捕鯨産業が低迷。そこに大洋ホエールズの不人気が輪をかけ、球団経営は赤字続きの苦しい状況となった。そこで、経営者でもある中部は、起死回生を狙って川崎から横浜へのホームグラウンド移転を計画。西武グループからの出資を受け、横浜に新スタジアムを建設すると発表した。

 1978年に新スタジアムは完成し、横浜スタジアムとしてオープン。球団名は横浜大洋ホエールズとなった。しかし、中部は1977年に亡くなっており、その門出を目にすることはできなかった。

 中部が築き上げた大洋ホエールズは横浜大洋ホエールズ、横浜ベイスターズと名を変え、横浜DeNAベイスターズへと変遷していった。また、大洋漁業はマルハと社名を変え、2002年には球団経営から撤退している。

 しかし、神奈川県内のクラブチームで争われる「中部謙吉杯社会人野球クラブチーム大会」が開催されるなど、中部の功績は神奈川の野球界にしっかりと足跡を残している。


文=勝田 聡(かつたさとし)

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