「後藤が泣いています。小池も泣いています……(打球が)レフトへ伸びるぅ、入ったああああっっ!これがプロ15年目の集大成。通算ホームランを55本に乗せました! かつての高校の……同期の、後藤のつける背番号55に合わせるかのように、55号のホームラン!通算ホームラン数55本です!!」
2013年10月8日、DeNA小池正晃は第2打席と最終打席で2本のホームランを放ち、自らの引退試合に華を添えた。その最終打席で生まれた実況が冒頭のフレーズだ。
「あの実況は、カメラワークによるところが大きいですね。たとえば、『後藤が泣いています。小池も泣いています』は、本来であれば、引退する小池が先に来るべきですよね。でもあの場面、カメラはまず、ベンチにいた後藤を捉えたんです。カメラワークの妙をうまく実況に活かせたんだと思います」。
実況アナによっては、事前に「言葉」を用意し、それを当てはめていくスタイルを得意にする人もいる。だが、石原アナはもっと「アドリブ」を大切にしたいという。
「『55号のホームラン』については、あの試合、2本目のホームランだったから表現できた部分も大きいですね。1本目を打ったときに、『これで現役通算54本です』という話ができましたから。でも、やっぱり2本目のホームランを打ったとき、後藤がカメラに映ったからこそ出てきた言葉だと思います。(後藤……あ、55番だ! 55本目だ!! 横浜高校だ!!!)と。スポーツ実況は、台本がない、アドリブだけて繋いでいくナレーションだと思っています。だから、元々台本なんて用意しても意味がないし、私は実況アナウンサーとして、中継スタッフが作る絵に対して相応しい言葉を当てていくだけですね」。
小池正晃引退試合の実況に関しては、こんな裏話も明らかにしてくれた。
「あの試合での小池の一打席目、実は3球目くらいまで私は黙っていたんです。これは視聴者の皆さんに、小池の応援歌を耳に焼き付けて欲しい、と思ったからです」。
小池はあの試合、フル出場して最終的に4回打席に立ち、2打席目と4打席目に本塁打を放っている。だが、途中交代もあり得たわけで、いつ現役最後の打席になるかわからない状況だった。だからこそ、「最後かもしれない応援歌を聞いて欲しい」という配慮につながったのだ。
「実況で『黙っている』というのは、実は結構勇気が必要です。ラジオでは無理ですが、テレビだからこそ、時には黙った方がいいかな、という場面はあります。これは、フリーになったばかりの頃、元NHKアナウンサーの島村俊治さんから教わったことです。『喋ることがなければ黙ったらいいのに』と。島村さんからは折に触れ、いろんなアドバイスをいただいています」。
さまざまな経験を重ね、アナウンサー生活25年という節目の年を迎えた石原アナ。経験値、という部分では、全日本野球連盟が主催する審判講習会に参加した初めてのアナウンサー、という経歴も持っている。
「審判講習会に参加した初めてのアナウンサー……というか、マスコミは私だけでしたね。ルールのことは、意外に勘違いしていることが多い。だから、疑問点はしっかり解消しておきたいし、わからないことがあれば今でも審判の人に確認する、というのは徹底しています」。
ルールといえば、今年のキャンプでは「コリジョン(衝突)プレー禁止」の新ルール対応が各チームで話題となった。この件に関しては石原アナとしての持論があるという。
「私自身は、ブロックに関して以前から疑問を抱いていました。ある審判が言っていましたが、子どもたちを指導する際、『レガースを外してクロスプレーをやってごらん?』とやると、絶対にブロックはしない。そもそも、レガースは打球を受けたときのダメージを減らすためのものであって、スライディングを止めるために付けているわけじゃないんだよ、と」。
審判目線があるからこその、「野球の原則に基づいた実況」を今年も堪能したい。
アナウンサーの仕事は、試合中に実況して終わり、ではない。準備としての資料づくりもあれば、取材もしなければならない。もっとも、石原アナは「今日聞いたものを今日喋る、が必ずしも良い取材じゃない」と語る。
「これも島村アナウンサーからいただいた言葉ですが『10年後に使える取材をしなきゃダメですよ』と。我々アナウンサーは、いつも同じ球団の試合を実況するとは限りません。日々、違う球場で喋っていますので、取材も毎日継続してできるわけではなく、どうしても途切れ途切れになってしまいます。だからこそ、『観察も取材である』と心がけています」。
観察も取材。これこそ、石原アナが日々心がけ、実践していることだという。
「定点観測ではないですが、前と何か変わったことはないか、ちょっとした違いに気づき、自分の中に蓄積しておく。それを、あとから選手に確認することもあれば、放送中に解説の方にお聞きする場合もあります。『この選手はこんなにもがいていたんです』という、試合中のプレーだけでは見えてこない部分。そこを伝えるのが、自分の役割だと思っています」。