子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! そんな親の思惑をことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考える「野球育児」コーナー。
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しかし、案の定というべきか、いくら振れど、まったく当たらない。迎えにいくようなフォームで、ひたすら空振りを繰り返す、ゆうたろう。いつも私が打ちやすいところにトスし、気持ちよく打っているときのようにはさすがにいかない。
「こんなはずじゃ…」という表情が顔一杯に広がっている。
空振りしたボールがキャッチャー役のゴム板に当たり、はねかえったボールがボコボコと長男を直撃しているのがなんとも不憫。そして10球ほど空振りを繰り返したところで、言い訳コメントが出始めた。
「バットが重いもん! いつも使ってる家のバットがよかった!」
「今のボールはちょっと高かった!!」
「パパが投げてくれるほうが、いいんだけどな」
「ヘルメットが大きすぎる〜! 前が見えない〜!」
確かにあまりに大きすぎ、超目深となってしまったヘルメットは、息子の視界を空振りするごとに奪っていったので、取る事を許可した。見るからに重そうなバットも確かに無理があったかもしれない。しかし、長男の言い訳発言集に妻は完全に苛立っていた。
「いっつも、ああなんだから…。『失敗してもいいから立ち向かう!』っていう姿勢があの子には欠けてるのよね。できないことのエクスキューズばっかりいつもさがして…。万事そうなんだから…」
確かに親として見ていて、失敗することを極端に敬遠する息子の姿は、こちらの心を逆なでするところが昔からある。バッティングセンターに来たって、息子の性格が急に変わるわけではない。
妻は苛立った様子で続けた。
「なおちゃんも5ゲームやったっていってたけど、きっと空振りしっぱなしだったと思うの。あの子は負けず嫌いだから『もう一回、もう一回!』って感じで当たるまで挑戦してたら、気がつけば5ゲームだった、という感じだと思うのよね。そういう『こんどこそ!』という気持ちよりも、『かっこ悪いところを見せたくない』っていう気持ちのほうが先立つのよね、この子の場合は…」
遊びに来て、親がストレスを感じるのもなんだよなぁ、という話をしていた、まさにそのとき、息子の振ったバットと二次元画像の上原浩治が投げたボールが衝突した。一塁方向真横に飛ぶファールチップ。上原の横にある電光掲示に目をやると16≠ニいう数字が。15球目にしてようやくバットに当てた長男坊に、わが一家は突如、狂喜乱舞状態となった。
「当たったやんか! やったやん!」
「やればできるじゃない! がんばれ!」
5歳の弟までが「ゆうくん、がんばれー!」と大きな声援を送っている。満更でもない表情に急変した長男坊は、結局もう1球チップを放ち、20球1ゲームは終了した。
紅潮した面持ちでゲージから出てきた、ゆうたろう。2球当てることができたことに相当満足している模様だが、開口一番のコメントは、「2球しか当たらなかったわ〜」だった。
妻の表情が再び険しくなる。そして独り言のようにつぶやき始めた。
「『しか』って何よ、『しか』って…。どこにその『しか』はかかってるのよ…。内心ものすごく満足してるくせに…。」
内心超ご機嫌なゆうたろうは休憩をはさんで、もう1ゲームに挑戦。今度は20球中、5球がバットに当たり、その内1本はもう少しでフェアゾーンに入りそうな一塁線への当たりだった。
「今度は5回あたった!!」と相当満足げだ。
兄の楽しそうな様子に触発され、「ぼくもやる!」と志願し、打席に立ったのは5歳の次男こうじろう。まるでもちをつくかのような超ダウンスイングで弟が20球全てを空振りするのを見届けると、「ゆうくんは、初めての打席で2回もバットにあたったのに、こうちゃんは1回も当たらなかったの〜?」と軽自慢が入る、いやな兄貴丸出し状態に。
ここで9年前の8月21日の野球日記は終わっている。
この日記の原稿を妻に見せたところ「あ〜! 覚えてるこの日のこと!」と食事を作る手を止め、ソファーに座り、2004年の記憶を呼び起こすように一気に読み進めた。
「そうそう。なんかいちいち、ゆうたろうの発言にイライラしたことなんか思い出したな。でもバットにボールが当たった時、嬉しかったよねぇ〜。『あの赤ん坊がこんなことにできるようになったんだ!』と思ったもん」
「今となっては、ちょっとバッティングセンターで調子悪かったら見ててイライラしちゃうのに、あの頃はバットにボールが当たっただけで感動できてたんだよな」
「この頃はまだ野球チームに入ることも想像できなかったじゃない? 野球チームに入って、試合に出て、ヒットでも打ったりなんかしたら、どんなに感動するんだろうと思った記憶がある」
「実際、初ヒットを打った時はハードディスクが擦り切れるんじゃないかと思うほど繰り返しDVD見たもんな」
そんな息子らも今では高1と中2。
学校から帰るなり、カバンから泥だらけの野球のユニホームを取り出し、洗濯する妻をぼやかせる日々だ。
「この日のことを思い出したらなんか洗濯できることすら、ありがたいような気持ちになってきたわ。あの時はまさか二人がこんな野球少年になるとは思わなかったよねぇ」
「たしかにな。こんなの読んだ後だと、今、ちょっと野球がうまくいってないからって、イライラする気も失せるな」
時には親も初心に返ることが大切なのかも。少なくとも、幸せを感じる度数はアップするような気がします。
文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。