早くも2015年の流行語大賞ノミネート決定と噂の「男気」。メジャーからの20億を蹴って、4億で広島と契約した男、黒田博樹の名は、野球ファン以外にも広く知れ渡るようになった。
でも、この男気契約を「プロじゃない」と批判する向きもある。1円でも多く、1年でも長く有利な契約を結び、その数字に見合った結果を残すのが本当のプロなのではないか、と。
だが、黒田博樹という男が常日頃から何を考えてプレーし、契約しているかを知れば、その批判が的外れでもあることもわかるはずだ。
いわゆる「男気契約」は、何も今回に限ったことではない。たとえば、2006年オフの広島残留。「君が涙を流すなら 君の涙になってやる」というファンの横断幕に胸を打たれ、メジャー挑戦を1年遅らせたことはあまりにも有名だ。
こうしたお金だけでは動かない契約スタイルは、日本でだけの話ではなく、メジャー時代にも徹底された黒田のこだわりでもある。
ドジャース4年目の2011年シーズン、黒田はある決断を迫られていた。この年、早々に優勝戦線から脱落したドジャース。MLBの場合、優勝が難しくなったチームの有力選手が、7月末のトレード期限までに優勝の可能性があるチームに移籍するのは恒例行事だ。
実際この年、黒田に興味を示した球団は6、7球団あり、トレード拒否権を持っている黒田自身が、移籍するのか、それともドジャースに残留するのかを決めなければならなかった。
この場合、少しでも優勝リングの可能性があるチームを選ぶのが常だ。だが、黒田が悩んだのは「2カ月だけ移籍して、そのチームが優勝して自分が果たして喜ぶことができるだろうか?」ということだった。
《スプリングトレーニングからやってきたメンバーと優勝することが、大切なのではないか───。そう思った。やっぱり野球は「チームスポーツ」なのだ。やっぱり野球は「気持ち」のスポーツなのだ。アメリカにはドライな部分がたくさんあるけれど、それでも一緒に戦うという気持ちの部分では日本と変わらない。その初心に帰ろう》(黒田博樹・著『決めて断つ』より)
この黒田の決断に対して、多くのアメリカ人が「黒田はドジャースを見捨てなかった」と驚き、賞賛をもって迎えられた。
なぜ、いつもこうした契約を結んでしまうのか。その一番の理由は、黒田にとってお金よりも「自分がマウンドに立ったときに、奮い立たせてくれるものは何か?」というメンタルが最も重要な要素だからだ。
《カープでプレーしたならきっと、ファンが大きな声援を送ってくれる。そうすれば、自分の心の中でワンランク上のモチベーションが発見できるんじゃないか。自分の内面から湧き出てくるパワーといえばいいのか、いろいろな力が出てきて、プラスアルフアの力が発揮できるのではないか。そうすることで、選手として成長できるのではないか、と思ったのだ》(黒田博樹・著『決めて断つ』より)
こうして赤いユニフォームをまとう決断をした黒田。その選択が正解だったのかどうかは、今季の黒田の戦いぶりを見れば、自ずとわかってくるはずだ。黒田は自著の中でこうも綴っている。
《選んだ道が「正解」となるよう自分で努力することが大切だと思う》
《カープに来たことが正解かどうかは分からないけれど、それを僕自身が正解にしようとしなければならない》
■ライター・プロフィール
オグマナオト/1977年生まれ、福島県出身。広告会社勤務の後、フリーライターに転身。「エキレビ!」、「AllAbout News Dig」では野球関連本やスポーツ漫画の書評などスポーツネタを中心に執筆中。『木田優夫のプロ野球選手迷鑑』(新紀元社)では構成を、『漫画・うんちくプロ野球』(メディアファクトリー新書)では監修とコラム執筆を担当している。近著に『福島のおきて』(泰文堂)。Twitterアカウントは@oguman1977(https://twitter.com/oguman1977)