藤浪の手には、土にまみれ、手垢のついたWBC使用球がしっかり握られていた。そのボールからは、キャンプ直前まで、かなりの投げ込みを行ってきたことが十分に伝わってきた。
宜野座のブルペンでは、藤浪だけが使うWBC使用球。世界を相手に戦うことが許されたのは阪神では藤浪1人だ。昨シーズン、満足いく成績を残せなかったにも関わらず、世界一を決める舞台で投げるチャンスをもらった。
昨年12月の自主トレは、ダルビッシュ有(レンジャーズ)、田中将人(ヤンキース)、大谷翔平(日本ハム)ら、世界で戦い結果を残してきたメンバーと取り組んできた。
阪神で再び、2ケタ勝利を。いや、藤浪の心中には、この自主トレの中でもっともっと大きな目標が芽生えたに違いない。
昨シーズンのマウンドで藤浪が見せた“迷い”。右手の投球軌道を確認し、何度も首を振る光景が幾度となく見られた。
「マウンドで迷った素振りを見せるな!」「相手チームに余裕を与え、味方には不安をつのらせる」「ブルペンでの準備が足りないからだ」……。
藤浪がマウンド上で見せる“迷い”を周囲は一斉に叩いた。
手足の長さがときには、あだとなって、周りからは“不器用な奴”として映る。ベースカバーを怠り、福留孝介からベンチ前で叱責を受けた場面は、藤浪の不器用さと迷いを象徴するシーンだった。
それもこれも、藤浪自身が“悪びれたかけひき”ができないからではないだろうか。野球に実直な純真さを持った投手だからに他ならないのではないか。
昨シーズンの不振から脱却しようと懸命に準備してきた藤浪。今シーズンのマウンドでは、“迷い”は消え去っているに違いない。
同期のライバルでもある大谷は、投手としてはWBCを辞退となった。昨年痛めた右足首の回復が思わしくなく、ブルペンでの投球が満足にできないからだという。そして、打者としての出場にも赤信号が灯りかけている……。
日本のエースの離脱を受け、藤浪の登板機会は必然的に増える。
日本野球の威信を背負い、失敗が許されないWBCのマウンド経験は、藤浪をより成長させることだろう。
ここで藤浪が得た経験が、今シーズンの阪神の躍進につながっていくことは明白だ。藤浪が阪神の真のエースと呼ばれる日は近い。
文=まろ麻呂
企業コンサルタントに携わった経験を活かし、子供のころから愛してやまない野球を、鋭い視点と深い洞察力で見つめる。「野球をよりわかりやすく、より面白く観るには!」をモットーに、日々書き綴っている。