2019年の明治神宮大会は中京大中京(愛知)が制し、東海地区に1枠増がもたらされた。この結果により、センバツ出場当確となったのは、秋季東海地区大会準優勝の県岐阜商だ。
県岐阜商を率いるのは、鍛治舍巧(かじしゃ・たくみ)監督。秀岳館(熊本)を率いて、2016年春から4季連続で甲子園に出場。3季連続でベスト4入りを果たしたことで知られている。
2010年代後半の高校野球シーンを引っ張った鍛治舍監督。高校野球監督としてのデビューは、2014年4月で64歳になる年だった。
しかし、それは野球界に衝撃をもたらした。鍛治舍監督はアマチュア球界では知らぬ者がいないほどの実力者だったからだ。
高校時代は県岐阜商で4番・エースとして甲子園に出場、大学時代は早稲田大、卒業後は松下電器(現・パナソニック)で活躍。現役引退後は松下電器の部長・監督を歴任し、アマチュア日本代表のコーチも務めた。NHKの甲子園中継の解説者としても人気を誇っていた人物である。
さらに1984年に中学硬式クラブチーム、オール枚方ボーイズ(現・枚方ボーイズ)を創設し、監督として中学硬式野球の日本一を決めるジャイアンツカップを3度制した。圧倒的な体づくりは中学野球界のトレンドを生み出した。
その上、社業では専務役員まで登り詰めていたのだから、そのパワフルさは折り紙付きだった。
冒頭でも紹介したように秀岳館では3季連続甲子園ベスト4を達成した。
「秀岳館の名を世に知らしめる」
そのミッションをいとも簡単にやってのけたのだ。就任当初は枚方ボーイズから引き連れてきた選手も多く、「第二大阪代表」と揶揄された。しかし、その楔を打たなければ、伝統校が居並ぶ熊本で結果を出すことは難しかっただろう。目に見える実績を収めたことで九州出身の選手も増えた。
実績十分のオールドルーキー監督に怖いものはなかった。外様への拒否反応を「当然」と受け入れ、真っ向勝負を挑んだ。
2018年2月に発売された著書のタイトルは『そこそこやるか、そこまでやるか パナソニック専務から高校野球監督になった男のリーダー論』(毎日新聞出版)である。やるからには徹底的にやるのが鍛治舍監督のスタイルだ。
就任当日に選手に投げかけた言葉は「長靴を買いなさい」。雨の日でも練習する気迫を持てということである。
根性一本ではない。組織づくりやデータ分析など、百戦錬磨の指導力を見せ、秀岳館を一気に全国強豪に導いたのだ。
2017年夏、秀岳館の監督を退任。退任の噂がメディアでもささやかれていたが、2019年春までの続投が本線だった。甲子園出場を機にスパッと退いた。
そして2018年3月、県岐阜商の監督就任が発表された。これにも高校野球ファンは驚いた。ここまでの実績を築いた監督であれば、多くの私立校からもオファーがあったはずだ。しかし、鍛治舍監督が選んだのは、県立の母校だった。
今度は“地産地生”を掲げ、地元選手を中心にチーム作りを進めている。スカウティングにも力を入れ、県外に流出していた逸材を県岐阜商に呼び込む戦略だ。
伝統の重みを断ち切るため、95年の歴史があるユニフォームも一新した。OBであり、嫌われ役もいとわない鍛治舍監督だからこそできる改革の旗印だ。
2017年春のセンバツで史上最強世代といわれた大阪桐蔭に敗れた後のコメントも興味深い。
「大阪桐蔭を褒めちぎらないといけませんか? いいチームですが、感心していたら勝てません」
生粋の負けず嫌い。忌憚のないコメント。ここまでギラギラ感のある監督は少なくなってきた。県岐阜商ではどんな結果を残すのか。その剛腕から目を離せない。
文=落合初春(おちあい・もとはる)