2015年9月24日、ひとりの野球選手にバットを置く時が訪れた。中日の背番号5・和田一浩。遅咲きの大打者は本拠地・ナゴヤドームに詰めかけたファンの前で、19年間にわたる現役生活に別れを告げた。
19年目の今季は昨季オフに右ひざの手術を受けたこともあり、開幕は二軍スタート。それでも交流戦から一軍に上がると、6月11日のロッテ戦では通算2000安打を達成。42歳11か月での大台到達は史上最年長記録のオマケつきだった。
8月には大杉勝男、落合博満現GMに次いで3人目となる両リーグ1000安打をマーク。プロの門をたたいた西武、そして幼少の頃から憧れた中日の両球団で長く第一線を張り続けてきた。
しかし、9月のある日に「今季限りで引退」のニュースが舞い込む。尊敬する落合GMから「来季は契約しない」と告げられた瞬間に、身を退くことを決意したという。3割近い打率を残すなど打撃は健在である一方、近年は守備と走塁の衰えを隠せず。本人としても9回までフル出場できない状態に、自問自答を繰り返していたようだ。
和田の引退試合はシーズン本拠地最後のゲーム、阪神との一戦に設定された。この日は公私で親交の深い谷繁元信も選手としては最後のホームゲームを迎え、共にスタメンに名を連ねた。
2回の第1打席では、秋山拓巳の内角直球を鮮やかにレフト線へ。通算2050本目の安打を放つと、谷繁のタイムリーで先制のホームイン。チームの黄金期を支えてきた2人で得点を演出した。
そして、最後のバッターボックスは5回の第3打席。2ボール1ストライクからの4球目、歳内宏明の141キロ直球を思い切り叩くもショートへの強いゴロに終わった。ベンチに引き揚げる際には、阪神を代表して鳥谷敬、さらに愛する4人の子供たちから花束が贈呈された。感極まる子供たちに涙腺が緩んだのか、和田の瞳にも光るものが…。場内からの大きな歓声に包まれ、稀代のバットマンはベンチ裏へ退いた。
今後はネット裏での活動が濃厚だが、引退会見で「何をやっているんだ、しっかりしろ」と後輩たちへ熱いゲキを送ったように、再びユニフォームに袖を通す日もそう遠くはないかもしれない。
文=加賀一輝(かが・いっき)