藤原恭大、辰己涼介を外してもなお外野陣の若返りにこだわる阪神が即戦力の社会人の逸材を指名。都市対抗21打数11安打4盗塁で橋戸賞に輝いた小柄な男は、武道家のように骨のメカニズムで解を弾いてきた。
スイングが始まったら、意識するのは左腕の使い方だけだという。
「前腕には尺骨と橈骨(とうこつ)の2本の骨があります(※)」
近本はいきなり骨格の説明を始めた。尺骨は小指側の骨。尺骨から薬指を軸に前腕をひねると、動作がスムーズになる。橈骨は親指側の骨。尺骨よりも使い道があまり知られていない橈骨が、打つ時のキモになると、近本は考える。
「(左打ちの近本の場合)左腕の尺骨から打ちにいくと、ヘッドが下がって、球威に負けてしまいます。左腕の橈骨から打ちにいくと、自然と左手の親指が立つからヘッドも立って、あまり力を入れなくても打球が飛んでいきます」
後ろの腕をたたんで、ヒジを体に近づけるのが一般的な教えだが、その動きだと尺骨から打ちにいく形になり、ヘッドが下がる。ヘッドを立てるために筋力でカバーする選手も多いが、筋肉が疲れた時に力の方向が変わりやすい。橈骨から打ちにいけば、無理なく力が伝わるという。
「尺骨で打つとファウルになってしまう打球も、橈骨から入れていくと切れずに伸びていきます」
このイメージの典型が、都市対抗の準決勝で放った勝ち越しの左越え弾。JR東日本のエース・板東湧悟(ソフトバンク4位)の代わり端をとらえて、外のストレートをレフトに叩き込んだ。
「あの時もそうでした。尺骨で打ちにいくと、バットの出が遅れたり、打球がスライスしたりで、ファウルになります。橈骨を意識すると、縦回転でバットがボールに入るので、打球が切れずに伸びてくれます」
打撃のチェックポイントでも、インパクトの瞬間に左の橈骨で打てているかを最重要視している。こちらの用意してきた連続写真にインパクトの一枚がなくて謝ると、近本はにっこり笑ってこう返してきた。
「僕のスイングスピードが速かったということですね」
近本の人柄を感じさせるワンシーンだった。
橈骨の使い方とは別に、球威を利用する打ち方を、社会人になってから取り組んできた。
「140キロを超す球は、芯に当てて、あとは角度さえつければホームランになります。力で打つのではなく、ボールの力を借りて打つ。130メートル飛ばしても、100メートルでも、ホームランはホームランですから」
近本のスイングを「プロレベルだと、ちょっと弱い」と見る人もいる。だが、近本の打球は見た目以上に力強い。武術の達人が、相手の勢いを利用して、次々と敵を倒していく姿にも似ている。
大阪ガスの橋口博一監督は、いつも近本の打球の強さに驚かされるという。
「近本の打球は、高く弾むんですよ。あの体とスイングからは想像がつかないくらい、よく弾みます。体の力が強いんでしょうね」
無理のない動きで、相手の力を利用する近本の打球は、バリエーションに富んでいる。逆方向の長打もあれば、高いバウンドの内野安打もあり、内寄りのツボにくれば、クルッと回ってライトスタンドへ叩き込む。橋口監督は「小さくてもロングが打てる魅力を、プロに行っても忘れないでほしい」とエールを送る。
この夏は打撃がクローズアップされたが、近本の基本の武器は、50メートル5秒8の俊足だ。スタートに力感がなく、すぐにトップスピードに乗って、そのままの勢いで滑り込む。二盗、三盗はお手の物。積極的に次の塁を狙う。
消えるようなスタートは、陸上の短距離走からヒントを得ている。
「盗塁の遅い人は、上体を起こして走ります。塁間は、100メートル走で言えば最初の加速期。この段階で、短距離走の選手は上体を起こしていません。だから盗塁では前傾姿勢を保ったまま、回転数を上げることを意識したら、初速が違ってきました」
前傾姿勢でスタートがよくなっただけでなく、低くて強いスライディングも手に入れた。
大学時代は筋力で走ろうとして、ケガにつながった。ケガを防ぐために、力まない走り方を研究した。参考にしたのはポンピュンラン。福島大陸上部で指導する川本和久教授が提唱する走り方から、近本は力まずに走るコツを吸収した。
「力むと地面を蹴るから、走りに無駄が出ます。シンプルに、足を頭の下に置くことで、力感なく前に進めます。以前の僕は足が後ろに流れて、空回りしていました」
小柄な近本はストライドではなく、回転数で勝負したい。いかにロスなく回転数を高めるかを追求してきた。
今年の都市対抗あたりから、近本の人生は大きく変化してきた。連日の活躍で注目度が高まり、先日のドラフトでは阪神から1位で指名された。二度抽選を外した後とはいえ、本人も予想していなかった高評価。熱狂的なファンからの過度な期待も心配になるが、自分自身と向き合える近本なら冷静に対処できるだろう。
「足を軸に活躍したいです。プロにはすごい人がたくさんいますけど、ここだけは負けたくないと思っているのは足です。自分の体を見つめ直して、どういう動きが自分に合うのかを、もっと研究して
いきたいですね」
自分の体との対話ができて、体の機能でプレーができる。これもプロで長く働ける資質。ケガの多かった野球人生だが、ケガをしたからこそ、自分の体と深く向き合えるようになった。元気に1年間野球ができれば、走れる選手が少ない阪神だから、働き場所は必ずある。大阪ガス時代と同様に「近本の打って走る姿を見るのが楽しみ」と、熱狂的な虎ファンに支持されるに違いない。
(※本稿は2018年11月発売『野球太郎No.029 2018ドラフト総決算&2019大展望号』に掲載された「32選手の野球人生ドキュメント 野球太郎ストーリーズ」から、ライター・久保弘毅氏が執筆した記事をリライト、転載したものです。)