藤原恭大、辰己涼介を外してもなお外野陣の若返りにこだわる阪神が即戦力の社会人の逸材を指名。都市対抗21打数11安打4盗塁で橋戸賞に輝いた小柄な男は、武道家のように骨のメカニズムで解を弾いてきた。
今年の都市対抗での試合後、近本光司が取材に応じてくれた。身のこなしについて質問すると、いい感じで乗ってきた。
「僕は小さいけど、大きい人に勝つにはどうしたらいいか、つねに考えてきました。大きい人はパワーだけで何とかなります。でも、小さい人でも身のこなしや動作のコツをつかめば、大きい人にも対抗できます。小さくてもやれるってことを証明したいですね」
小柄な選手は「小さくても負けない」と言う。ある種の定番ではあるが、その切り口ばかりでは面白くない。しかし近本の発言は違う。小さくても勝つための具体的な方策を、自分の言葉に起こせる選手はなかなかいない。
「骨と書いてコツと読みますから、骨を上手に使うことで、体を動かすコツがつかめます」
ここまで言えるアマチュアの選手がいるなんて!
都市対抗野球の囲み取材に、1人だけ武術の達人が紛れ込んでいるような、明らかに次元の違う発言だった。
その日は時間切れで、話はここまでになった。どうしても続きが聞きたい。そう思っているうちに、大阪ガスは勝ち上がり、近本は打って走っての大活躍で、橋戸賞を受賞した。やはりモノが違う。
一躍注目を集めるようになった近本に、9月に入ってから正式にロングインタビューをお願いした。テーマは体を動かすコツについて。近本は感覚だけに頼ることなく、平易な言葉で説明してくれた。
近本がコツに目覚めたのは、関西学院大3年の冬だった。投手から外野手に転向してすぐの3年春に、いきなり好成績を残しているが、近本が言うには「大学3年の春はケガを抱えながらのプレーで、秋にはケガで試合に出られませんでした」という。ケガをしない体作りを勉強していくうちに、コツを教わる機会に恵まれた。
その時のトレーニングは、一本歯下駄を履いて足踏みしたり、ジャンプしたり、スクワットしたり。不安定な状態での動きを繰り返す中で、バランスのいい姿勢とは何かを学んだ。
「筋肉で支えるんじゃなくて、骨の位置関係で支えるんだなと、その時知りました」
骨で立つ姿勢とは、世間一般で言われる「いい姿勢」とは少々異なる。
「どちらかと言うと『姿勢が悪い』状態ですね。電車のつり革を持って、居眠りしている時の状態が、いい体勢のイメージです。これが一番力が抜けている状態です。筋肉を使わず、骨だけで立てている。カカト、膝、骨盤、背骨、首、頭が一直線じゃなく、波状になってバランスを保てている形です」
気をつけのような真っすぐな姿勢だと、筋肉が固まって疲れやすい。骨で立てば、ニュートラルな状態になって、いつでもどこへでも動き出せる。
打席で右足を上げた時も、近本は骨で立つことを意識している。
「実際には一直線にならないんですけど、左足の足首、膝、股関節が一直線になるイメージで待ちます。その時にバランスが崩れて、膝が内側に入ったりすると、タイミングがずれたりします」
これも地面に対して一直線ではなく、多少凸凹しながらも、骨で立つイメージだ。
「膝が内側に入ると、内転筋に力が入り過ぎて、始動が遅れます。内転筋は使いたいけど、ずっと収縮したままだと、一気に力を発揮できません。ニュートラルな状態で待ちたいんです」
言葉には出さなかったが、武術で言うところの「居つかない」感覚を、近本はわかっているのだろう。つま先重心だったり、かかと重心だったり、人間の体には多少なりともクセがある。配球によっても重心は変わる。しかし重心が偏ると、相手に弱点を見抜かれてしまう。武術で言う「居ついている」状態だ。相手バッテリーも、打者の重心と踏み込みを観察して、その裏をかいてくる。
だからニュートラルな状態で待つのが一番強い。いつでも動き出せて、前後左右どこにでも対応できる。現に近本は外の球に目つけしながら、内側の球にもクルリと回れる。対戦相手どうこうよりも、自分がニュートラルな状態さえ作れたら、あとは何でもこい。武術の達人のような待ち方をする。
(※本稿は2018年11月発売『野球太郎No.029 2018ドラフト総決算&2019大展望号』に掲載された「32選手の野球人生ドキュメント 野球太郎ストーリーズ」から、ライター・久保弘毅氏が執筆した記事をリライト、転載したものです。)