「打ちやすい球を投げる」ということは、言い換えれば、これまで野球人として勝負の世界に生きるために持ち続けた“戦う”気持ちを捨て、“尽くす”気持ちに自らを変えなければならない。
そして、打者の要求する球をストライクゾーンに投げ分け、打者を打ち取る術であったクセ球は封印する必要がある。
“打たれてナンボ!”の世界に生きている打撃投手たちは、10球を投じて7・8球は、ストライクであることが常に要求される。この要求が現役時よりも重いプレッシャーとしてのしかかり、本来の動作が出来なくなる「イップス」に陥り、そのまま辞めていく選手も多いと聞く。
反対に打者にとっては、打撃投手は自らのバッティングのコンディションを作る上で、なくてはならない存在だ。
チームには常に7、8人の打撃投手が帯同しているが、一流選手は専属の打撃投手を指名する。
かつて阪神の金本知憲が広島からFA移籍してきた時、広島の打撃投手だった多田昌弘氏も一緒に阪神へ移籍することも契約条件に入れ、受け入れられた経緯がある。
一流選手にとって、打撃投手は“恋人”と称されるくらい、離れたくない存在なのだ。
“イチローの恋人”であった、元オリックスの打撃投手・奥村幸治氏は、打者がアドバイスを求めてくることは多々あると言う。打撃コーチがバッティングケージの外から打者を見るのと違い、打撃投手は正対している分、ステップの位置や肩の開き具合など、ちょっとした差異でも見えるからだ。
また、イチローのようにルーティンをこなしていく中で、調子を整えて試合に望む選手もいる。となれば、その調子を崩さないよう、自らもいつもどおりに徹しなければならない。
選手を最高の状態で戦場に送り込む!
“戦う”のは選手、そのために“尽くす”
野球人として、日本的なそんな生き方があってもいいし、美しくもあると思う。
文=まろ麻呂
企業コンサルタントに携わった経験を活かし、子供のころから愛してやまない野球を、鋭い視点と深い洞察力で見つめる。「野球をよりわかりやすく、より面白く観るには!」をモットーに、日々書き綴っている。