子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! そんな親の思惑をことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考える「野球育児」コーナー。野球ライター“ハリケン”こと服部健太郎さんが実話を交えて、投手に制限をかけることで身についた技術、思考について語ります。
(前回からの続きです)
取材対象者より得た、さまざまな有意義な見解、そして当時のリトルリーグの投球制限ルールなどを参考に、チーム内の投手の球数に関するルールを下記の通り取り決め、子どもらに伝えた。
●1日の投球数の上限は85球(5年生以下は75球)
●週末の土曜、日曜に連投する場合は、二日間合計で110球以内(5年生以下は100球)
●すべての投球を全力で投げることは禁止(全力投球の割合は1割〜5割の中に納まるように。地肩の強い子、体のサイズの割にいい球が投げられている子、指にしっかりとかかる子ほど全力投球の割合を抑える必要があるため、指導者の方でも全力投球の割合を常に気にとめておく)
このチーム内ルールの制定後、投手陣の肩・ヒジの故障は限りなくゼロとなった。そして「故障を防ぐ」という以外にも、さまざまなプラス面が生まれることにも気づかされた。
指導者サイドは、その日マウンドに上がる投手には、
「今日は1日のマックスの85球でいこう!」
「明日、大事な試合が残ってるし、今日は50球上限でいこうか」
などと、その日の上限数を具体的に伝えた上で、マウンドに送り出すのだが、子どもたちを見ていると、「与えられた持ち球の中で、1イニングでも長く投げたい!」という心情がどうやら働くらしい。
たとえば85球の上限をもらった先発投手が少年野球の最上級チームの規定回数である7イニングを投げて完投しようと思えば、1イニング平均12球というけっして豊富とはいえない球数の中で21個のアウトを重ねていく必要がある。そのため、下記のような意識が選手たちに芽生えていった。
●ストライクを先行していくことが、いかに大事なことかを実感するようになる
●三振を奪うことばかりにこだわっていては1アウトに要する球数が多くなってしまうため、打たせてアウトをとれる方法を子どもたちが自ら模索するようになる
●ストライクゾーンの甘いところに多少入っても、勝負していけるだけのボールの強さ、キレの必要性を実感する
なによりうれしかったのは1球1球を大切に扱おうとする、いわゆる「一球入魂」の姿勢が各投手から感じ取れるようになったこと。「与えられた球数は1球たりとも無駄には使わない」という気持ちが明らかに見て取れる。
指導者が「一球入魂で投げるんだぞ!」と漠然とハッパをかけるよりも、よほど効果があるような気がした。
「すべての球を全力で投げてはいけない」
ただでさえ変化球が禁止されている少年野球で、指導者からさらに突き付けられた、そんな決まりごと。
しかし与えられた条件の中で、結果を出すべく、選手たちは「ストレートの中でスピードの差をつける」という術を身につけるようになっていったのには驚いた。スピードの種類は、少ない子で「遅い・普通・全力」の3段階、多い子だと「1番遅い、遅い、普通、ちょい速め、全力」の5種類といったように、自転車の変速ギアのごとく、投げ分けることができるようになっていった。
そして「スピードの投げ分け」ができるようになった投手は、いたずらにテークバックの段階で力まなくなっていたことにも気づいた。
当時ソフトバンクに所属していた杉内俊哉投手(現巨人)を取材した際に「意識してるのはキャッチボール投法。テークバックで力は入れず、ずっとゼロのイメージできて、最後のリリースのみに力を入れる。ゼロから100というイメージですね」というコツを聞き、それを子どもたちに伝えたことがあったのだが、子どもたちによると、杉内投手の言葉がスピードの投げ分けの大きなヒントになったのだという。
「今までスローボールを投げる時は、全力で投げるぞという感じのフォームから、最後に腕の力を緩めて、調整し、遅い球を投げていたけど、杉内投手の話を聞いてから、キャッチボールのようなゆったりしたフォームでゼロを意識しながら、最後のリリースで必要な力を足していけばいいんじゃないかと思った」
つまり、スローボールのときはゼロから30、普通の球はゼロから50、ちょっと速めの球を投げる時にはゼロから70、全力はゼロから100といったように、最後のリリース時に加える力だけを変える意識で投げると、わりと簡単に投げ分けられるのだという。
そして、この方法だと、どのスピードを投げる時も、フォームが変わりにくい。テークバック時に力がうまく抜け、リリースにパワーを集約しやすくなるので、ボールのキレの向上にもつながる。
全力投球を制限することで、投球フォームの上でメリットが生じるとは予測できなかった。指導者としては新たな発見だった。
投げ分けられるようになり、キャッチャー側から要求したいスピードを、コースとともにサインで投手に伝えるシステムにしたところ、キャッチャーのリード欲がどんどん高まっていったことも予期せぬメリットだった。
「許容されている全力投球の割合を守りながら、バッターを抑えるにはどういう配球をしたらいいのか?」
「貴重な全力投球を生かすためには、その前にどういうスピードのボールを投げればバッターは戸惑うのか?」
「カウントを稼ぐために、どういうコースに、どういうボールを投げればファウルをとりやすいのか?」
「そういったことを考えるようになると、キャッチャーというポジションが一気に楽しくなった!」という声がキャッチャーの子らから聞こえてくるようになった。
楽しくなったのはキャッチャーだけではない。
キャッチャーのサインを見たショート、セカンドが外野にサインで伝えるシステムも加えたところ、野手全員に「ポジショニングを考える」という世界が生まれた。
「一番遅いスピードをインコースに投げるのか。あのバッターのスイングだと、レフトライン際に飛んできそうだから、あっち寄っておくか」
「ここで全力で投げにいくのか。あのバッターだったら引っ張りきれないだろうから、ライン際は空けといても大丈夫だな」
1球1球、伝達されるサインを見ながら、自らの頭で考え、守る位置を変えている野手を見ながら感心するほかなかった。それが裏目に出たところで全く叱る気は起きなかった。実行した行動に根拠があればむしろ褒め称えた。
球数制限と全力投球の割合をおさえることが、こんなプラス効果を生み出すなど、始める前は、まったく予想できなかった。
しかし、嬉しいことばかりではなかった。
球数制限を導入したことで生じる悩みや葛藤も一方ではあった…。
(次回に続く)
文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。