さて、本稿ではこの「年齢と盗塁」をさらに掘り下げてみたい。なぜ、歴代の韋駄天たちは35歳を超えてタイトルホルダーになれなかったのだろうか?
ひとつは、巡り合わせ、という部分も大きい。「世界の盗塁王」福本は1983年、36歳シーズン(35歳11カ月)にも前シーズンよりも多い「55盗塁」という数字を残している。だがこの年、盗塁王を獲得したのは25歳になる直前の大石で60盗塁。大石はキャリアハイの数字をたたき出し、福本の連続盗塁王の記録を13年連続でストップさせたわけだ。
通算盗塁数で福本(1065)に次ぐ歴代2位(596盗塁)、通算盗塁成功率歴代1位(82.9パーセント)を誇る広瀬叔功(元南海)も、1972年、35歳シーズンに「42盗塁」を記録。だが、この年、福本豊が「106盗塁」というお化け記録を打ち立ててしまったため、盗塁王獲得はならなかった。
そしてもうひとつ注目すべき点が、ランナーにとって「35歳の壁」といいたくなる分水嶺があることだ。
上述した通り、福本は35歳11カ月の段階でも55盗塁。タイトルこそ逃したが、14年連続でのシーズン50盗塁以上という金字塔を打ち立てた。ところが、翌シーズンは36盗塁へと急落してしまう。
広瀬もまた、35歳で42盗塁を記録した翌年、なんとわずか4盗塁しか奪えなかった。
大石も34歳11カ月、31盗塁でタイトルを獲得した翌シーズンは11盗塁と急落。セ・リーグ盗塁記録である通算579盗塁を誇る「銀座の盗塁王」こと柴田勲(元巨人)も34歳のシーズンに34盗塁でタイトルを獲得したが、翌年は10盗塁へと数字を落としている。
球界が誇る歴代盗塁王たちの「数字」を見比べると、34〜35歳を境にして成績が急落していたのだ。
だからこそ、今季の糸井の成績のすごさが際立つ、というものだ。数字が落ちてもおかしくない35歳シーズンでありながら、キャリアハイの盗塁数は既に決定。これまで最高で33盗塁だった男が、50盗塁も見据えている状況だ。
まさに、超人・糸井の面目躍如、といったところ。だが肉体的なことだけでなく、意識面での変化も大きな要因であるのは間違いない。
オールスター選出会見時、今季の盗塁数増についての質問に「(昨年に比べて)少し意識が変わったんだと思います」と答えた糸井。その背景には、今季からオリックスのコーチに就任した西村徳文ヘッドコーチと高橋慶彦打撃コーチから「もっと走れる」と言われ、上限を定めずに走るようになった影響があるという。
現役時代、西村は4度、高橋は3度盗塁王を獲得。2人合わせて7度の盗塁王コンビによる「糸井意識改革」、という点もしっかりおさえておきたい。
最後にもうひとり、「35歳の壁」を打ち破った男がいたことも付記しておきたい。それがイチローだ。2008年、35歳のシーズン(34歳11カ月)に43盗塁を記録したイチローだったが、翌年は26盗塁と急落。歴代盗塁王たちの例からすれば、ここから数字はどんどん落ちてもおかしくはなかった。
ところが、37、38歳のシーズンに改めて40盗塁以上を記録。数字を盛り返したのだ。
年齢の壁を超え、常人の想像を超える───。プロのアスリートに求めたいファンの欲望だ。それらを具現化するからこそ、彼らは「超人」といえるのではないだろうか。
文=オグマナオト