夏の高校野球も2回戦に突入。酷暑にも負けず、今日も球児たちはハツラツプレーを続けている。1回戦の全試合が終わり、その中で特に注目されたのが、「二段モーション」だ。
大会第2日の花巻東対専大松戸の試合で、専大松戸のエース右腕・原嵩の投球フォームが途中で静止しているとみなされ、桑原和彦球審に初回から何度も注意を受けた。結局、原はリズムを崩して、2−4で敗れてしまった。
誰が見ても「二段モーション」だったのであれば、事は大きくならなかっただろう。実は原のフォームは、千葉大会では一度も注意されていなかったのだ。甲子園に乗り込み、「いざ本番」となってからの、いきなりの指摘だった。
しかし、本人や監督も「指摘されたときに備えていた」と語るように危ないフォームであったことは間違いない。「疑わしきは罰する、ないしは注意する」。桑原球審の判断は、「基準」はともかく審判としては正しかったといえるだろう。
このように甲子園では「審判」が絡む議論がしばしば起こる。今回、そんな判定を巡る騒動を振り返ってみよう。
ルールに従い、いかなる不正をも見逃さない。そんな審判哲学が体現されたのが、1998年8月16日、豊田大谷対宇部商の一戦だった。
炎天下の中、試合はもつれて2−2で延長戦に突入。ゼロ行進となり、迎えた延長15回裏、豊田大谷が無死満塁の絶好のチャンスを作った。
ここまで210球を投げ抜いていたのは、宇部商の2年生エース・藤田修平。サヨナラ負けのピンチを迎え、何としても抑えたいところだったが、セットポジションに入りかけたとき、キャッチャーの腕が動くのが見えた。そこで藤田はもう一度、サインを確認するため、スッと腕をおろした。
セットポジションに入ろうとしてからの中断は許されない。そのわずかな動作を見逃さなかった林清一球審は、ボークを宣告。甲子園史上初となるサヨナラボークとなった。
延長15回の熱戦だったこともあり、試合後の会見では報道陣から林球審に批判が噴出。会見に居合わせたスポーツライターによると、「注意だけでよかったのでは?」という声はともかく、「そんなに目立ちたいか!」という心無い声もあったという。しかし、ボークはボーク。
ボークを取られた藤田も後年、「あそこでボークを取れる林さんはすごい」と語っており、林球審のこの判定はどんな状況でも妥協・看過しない好ジャッジとして後世に語り継がれている。
ミスジャッジのように見えた(あくまでも審判は絶対です)判定として今も記憶に残るのが2007年夏の決勝戦、広陵対佐賀北の一戦だ。
この試合、広陵のエース・野村祐輔(現広島)の投球に対して、球審のジャッジが異様に厳しく、ついに8回裏1死満塁の場面では、真ん中低めのストライクに見える投球をボールと判定され押し出し、次の打者に満塁本塁打を許し、4−5で逆転された。
押し出しの際には野村も「なんで?」と苦笑いを浮かべ、捕手の小林誠司(現巨人ーもミットを地面に叩きつけて無言の抗議。
この試合を通した判定にはさすがに広陵・中井哲之監督も納得いかず、報道陣に不満をブチマケ。「ひどすぎる」と監督生命を賭して猛抗議した。
結局、中井監督は高野連から厳重注意を受けたが、そこまで頑張ってきた選手の気持ちを思うといたたまれない。
当時の高野連参事は「審判も人間だから難しい。アマチュア野球の世界で言ってはいけないコメント」と断じたが、これも燃え上がる議論に油を注ぐこととなった。
2回戦に突入して、今後はますます白熱した試合展開が予想される甲子園大会。好ゲームに水を差す判定だけは、避けてほしいところだ。