4月28日に球審を務めたのが佐藤純一。佐藤は1982年のドラフト3位で秋田相互銀行から近鉄バファローズに入団。外野手や代走として起用された。
現役時代、最も注目されたプレーといえば以下のものだろう。1988年10月19日、川崎球場でのロッテ対近鉄のダブルヘッダー、いわゆる伝説の「10.19」と呼ばれる試合でそのプレーは起きた。
近鉄は2試合とも勝利すれば優勝。それ以外ならば西武が優勝というギリギリの状況でこの日を迎えた。その第1試合の9回表、3対3の同点。1死二塁の場面で、二塁ランナーの代走として佐藤が起用された。
次打者がライト前にヒット。佐藤は三塁を大きく回ったところで、ライトからキャッチャーに返球された。あえなく佐藤は三本間に挟まれてタッチアウト。泥まみれになった佐藤の、唖然とした表情が印象的だった。
なおこの試合は、佐藤がタッチアウトになった直後、2死二塁から代打の梨田昌孝(現楽天監督)が放ったセンター前タイムリーヒットが決勝点となった。
4月29日に球審を務めたのが飯塚富司。飯塚は1983年のドラフト3位で三菱重工横浜から阪急ブレーブスに入団。主に代打で起用された。同期入団には星野伸之(現オリックス投手コーチ)がいる。
阪急、オリックスで11年間プレーをした後、トレードで横浜ベイスターズへ渡り、横浜で現役生活を終えた。なお、今回の阪急のユニフォームでのプレー経験はない。
4月29日、30日に塁審を務めたのが山村裕也。6年目の若い審判で、彼の父・山村達也は昨シーズンまで審判員を務めた元近鉄の選手だった。
山村達也は1979年のドラフト3位で泉州高から近鉄バファローズに入団した投手。9年間プレーした後、引退。パ・リーグ審判員への道を進んだ。
2013年には審判として通算1500試合出場を記録。しかし、そのセレモニーをスタッフのミスで1499試合目に行ってしまう……。翌日、1500試合目にもう一度セレモニーをやり直すという珍プレーは、今回の「KANSAI CLASSIC 2017」の舞台となった京セラドーム大阪での出来事だった。
「KANSAI CLASSIC 2017」では当時のユニフォームだけでなく、アナウンス、映像、音楽などでも当時の野球を再現していた。オールドファンも、若いファンも楽しめたのではないだろうか。
今後もう1つ演出を加えるならば、当時のパ・リーグの審判員のユニフォームも再現してはいかがだろうか?
当時のパ・リーグはわりと派手な配色のユニフォームを採用。審判のユニフォームもセ・リーグに比べればカラフルだった。当時の審判の姿をもう一度見たいオールドファンも多いのではないだろうか。
文=矢上豊(やがみ・ゆたか)
関西在住の山本昌世代。初めてのプロ野球観戦は、今はなき大阪球場での南海対阪急戦と、生粋の関西パ・リーグ党。以来、阪急、オリックス一筋の熱狂的ファン。プロ野球のみならず、関西の大学、社会人などのアマチュア野球も年間を通じて観戦中。