書籍『野球部あるある』(白夜書房)で「野球部本」の地平を切り拓いた菊地選手とクロマツテツロウが、「ありえない野球部」について迫る「野球部ないない」。
前回までの「帝京野球部あるある」に続いて、今回から取り上げるのは、帝京と同じ東東京、それでいてまったく対照的なチームカラーの開成高校。全国トップの進学校にはどんな「野球部あるある」があるのか? 話題の書籍の著者に「開成野球部あるある」を聞いてきた!
電車の中で本に夢中になっていて乗り過ごすことはよくあるが、一日に乗り過ごしたのが3回、反対方向の電車に乗ってしまったのが1回というのは初めて。「この本を読み終わらないと、一生家に帰れないのではないか?」とすら思った本が、『弱くても勝てます 開成高校野球部のセオリー』(新潮社)だった。
「西の灘、東の開成」とも称される全国トップの進学校・開成高校。その野球部を描いたルポルタージュなのだが、その内容があまりに面白すぎた。開成野球部の驚くべき「セオリー」に触れていくうちに、「野球」というスポーツを根源から考えさせられた。そして、世の中にこんな野球部が存在しているということにうれしさを覚えた。
本を読み終えた僕は、その勢いのまま奥付に載っていた新潮社の番号に電話し、著者の高橋秀実さんに会わせてもらうことにした。
【開成野球部あるある1】
野球は危険なスポーツということを思い出す。
待ち合わせ場所の喫茶店に、高橋さんは座っていた。黒縁めがねと口周りを覆う髭が特徴的な男性だった。
1961年生まれということは、甲子園を沸かせた牛島和彦(元・ロッテほか)やドカベン・香川伸行(元・南海)の浪商バッテリーと同い年にあたる。しかし、高橋さんが学生時代に入っていた部活は柔道部だった。
「我々の世代で『野球部』といったら、最も運動能力が高い、スポーツ万能が集まる部というイメージです。練習は厳しいし、坊主頭だし、学校中の期待を背負っている。『普通じゃない』っていう感覚はありましたね」
高校時代は夏に野球部の応援にかり出されたこともあったという。そんな高橋さんの「野球部」とのかかわりは、ここから30年近くパタッとなくなる。そしてノンフィクション作家となっていた2005年の夏、ある野球部の存在を知った。
「たぶん新聞記事を読んだのだと思うんですけど、開成が東東京大会のベスト16に進んだという内容でした。『開成ってあの開成? そもそも野球部あるの?』と思ったのと、監督のコメントが頭に残りました」
その開成・青木秀憲監督のコメントとは、監督が提唱する「正面衝突理論」という打撃論だった。
《青木監督によるとバッティングとは「物理現象」。バットの芯が楕円軌道を描き、その直線部分に球を正面衝突させる》(『弱くても勝てます』より)
この物理法則のような青木監督の打撃理論の存在を知り、高橋さんは「さすが開成だなぁ」と思ったという。指導者も、そして恐らく選手も頭脳派集団で、その頭脳プレーの延長線上にこのベスト16という結果があったのだろうと推測した。
こうして開成野球部に興味を持った高橋さんは、スポーツ雑誌『Number』(文藝春秋)の取材で初めて開成野球部の練習を訪れることになった。高橋さんにとって、初めての野球部取材だった。
「予備知識はないし、大丈夫かな? という不安はあったんですけど…」
開成高校のグラウンドで見たもの。それは想像とはまったく別の世界だった。
《下手なのである。それも異常に。》(同)
「とにかく『あぶない!』って思いましたね。キャッチボールをしていても、投げるほうも捕るほうもヘタだから、いつも誰かのボールが後ろにそれる。おちおちメモを取るために下も見られない。『あぁ、野球って危険なスポーツなんだな』と改めて思いました」
【開成野球部あるある2】
誰からも驚かれる「全体練習は週1回」。
信じられないことに、開成野球部の全体練習は1週間に1回しかない。グラウンドが他の部活と共用のため、それしか使用できないのだ。
「授業が終わって3時半に部員が集合して準備を始めるんですけど、ネットを運んだり、サッカーゴールを移動したり、ベンチを持ってきたり…。その準備を見ていると、4時半になりかねない(笑)。その頃には日が暮れ始めてる。するともう片付けに入らないといけない」
貴重な練習時間が準備と後片付けで削られてしまう。「頭脳派」のイメージからはかけ離れた、なんとも非効率で皮肉な状況。雨が降ってグラウンドが使えないとなると、練習は中止になってしまう。
「雨で中止になって、次の週は中間試験の1週間前で練習がなく、その次の週は試験期間中でまた中止…。つまり、練習が1カ月に1回しかないなんてこともありました。こんなに少ないのか…と驚きましたね」
キャッチボールも満足にできない部員たち、極端に少ない練習量。とうてい「都大会ベスト16」のチームとは思えなかったが、高橋さんは最初の取材を通して「もしかしたら甲子園に行けるかもしれないな」という感触を得たのだという。
【開成野球部あるある3】
勝つための究極のセオリーは「ドサクサ」。
無駄を排除し、科学的な裏付けに基づいたクレバーなチーム。
その幻想はもろくも崩されたが、高橋さんは開成・青木監督の考え方を聞いて、初めて「甲子園」を意識するようになる。
『弱くても勝てます』には、青木監督のこんなコメントが出てくる。
《一般的な野球部のセオリーは、拮抗する高いレベルのチーム同士が対戦する際に通用するものなんです。同じことをしていたらウチは絶対に勝てない。普通にやったら勝てるわけがないんです》
そこで、「開成のセオリー」が登場するわけだが、これがまた目を剥いて見てしまうような内容ばかりなのだ。
開成野球部は前述した青木監督の「正面衝突理論」を実行しながら、練習時間のほとんどを打撃練習に割く。ベスト16に進出したチームは5試合で49得点。1試合平均10点近い攻撃力を誇っている。特徴的なのは「2番に最強打者を置く」ということだろう。
《打順を輪として考えるんです。毎回1番から始まるわけではありませんからね。ウチの場合、先頭打者が8番か9番の時がチャンスになる。一般的なセオリーでは、8番9番は打てない『下位打者』と呼ばれていますが、輪として考えれば下位も上位もありません》(同)
下位打者が作ったチャンスに回ってきやすいのが最強の2番打者。そこで長打で走者を還し、相手の動揺を誘ってビッグイニングにつなげる。青木監督は《ドサクサに紛れて勝っちゃうんです》(同)と表現した。
「クレバーで論理的、という意味では当初のイメージ通りでした。ただ、論理に論理を重ねて、その結論が『ドサクサ』。一気に大量点を奪ってコールド勝ちする。ギャンブル。そういった部分は意外でしたね」
こうして高橋さんは開成野球部の取材へとのめり込んでいくわけだが、さらなる仰天の「開成野球部あるある」が待ち受けていた。
(つづく)
今回の【開成野球部あるある】
野球は危険なスポーツということを思い出す。