ドン・マネー(近鉄/1984年)
トンデモ外国人を語る上で必ず登場するのがこの男。メジャー通算176本、鳴り物入りで近鉄に入団したが、当時の近鉄の貧乏ぶりは周知の通り。用意された住居はボロボロでゴキブリが大量発生。開幕から29試合で8本塁打を放っていたが、4月下旬に「耐えられない」と帰国を決意した。
面白エピソードとして語られることが多いが、妻子ともにノイローゼになっていたらしく、少々申し訳ない気持ちにもなる……。
ブラッド・ペニー(ソフトバンク/2012年)
2006年のナ・リーグ最多勝の実績を持ちながら、近年のダメ外国人のなかでも、極めて異例な帰国外国人といえばペニーだ。
開幕5戦目で先発したが、3回1/3を6失点でKO。降板後に右肩痛を訴え、精密検査をしたものの異常なし。すると、「アメリカの病院じゃないとわからない」と言い出して一時帰国。そこでも異常はなく、渋々再来日したものの、練習場から姿を消すなど、あからさまにやる気のない行動で、5月には退団となった。
帰国直後、自身のツイッターに書き込んだのがこれだ。
It's great to be back in the states!!!!!(アメリカに帰ってこられて最高だぜ!)
開いた口が塞がらない……。そして、ペニーは米メディアに帰国の理由を聞かれ、「肩を痛めていたにも関わらず、先発で120球を投げるよう要求された。頭にきた。自分を守らなければならなかった」と語った。
64球しか投げてないだろ、と突っ込んだファンも多いはずだ。
ダン・ミセリ(巨人/2005年)
4試合7失点、防御率23.63というすさまじい成績を残して日本を去ったミセリ(写真)。守護神候補が一転、開幕からチームの足を引っ張りまくった伝説のダメ助っ人だが、帰国の理由は「2軍降格を打診されたから」。
開幕から3試合続けて失点し、「こんなリトルリーグみたいに狭い球場でやっているからだ」などと悪態をついたかと思えば、今度はビハインドでの調整登板にプライドを傷つけられたらしく、右肩が痛いと言い出した。
そして「じゃあ、2軍で」と打診されると、契約を盾にゴネ始めたため、あえなくクビになった。
マイク・ディミュロ(審判員/1997年)
助っ人とはやや異なるが、審判員のディミュロも仰天の理由で帰国した。
アメリカ野球を日本に取り入れたいというセ・リーグの要望でMLBから派遣されたディミュロ。ストライクゾーンをはじめ、オープン戦から不満は噴出していたが、ついにあの男がキレてしまった。泣く子も黙る星野仙一(当時、中日監督)である。
大豊泰昭の打席で明らかなボール球をストライクと判定したディミュロ。大豊が軽く抗議すると、次の球がさらに外れていたにも関わらず、「抗議への報復」としてストライクをコール。
これに球場は騒然。大豊が猛然と抗議すると、星野監督が猛ダッシュで大豊の背中を押し、玉突き事故の形で大豊がディミュロに激突。コーチ陣に取り囲まれ、星野監督に鬼の形相で凄まれ、ディミュロは「アンパイアとしてのキャリアの中で経験したことのない恐怖感を覚えた」と翌日辞表を提出した。
文=落合初春(おちあい・もとはる)