野球本の品揃え日本一の古書店・ビブリオで発見した「高校野球監督本」を紹介するこのコーナー。第2回目は一見、監督とは関係なさそうな、それでいて何やら怪しげなタイトルの、この本です。
この本を紹介するには、少しばかり説明が必要です。まず冒頭に「これは実録ではありません。そのつもりで読んでください」と、書かれています。つまり、この本に書かれている高校野球の物語は、実話のようで実話ではないと、釘を刺すことからスタートしています。
しかし、主人公の「ジーヤン」と呼ばれる人物は作者自身でありますし、自身が監督として率いた野球部も実在しており、さらにその野球部が甲子園で優勝する……といった一連の話も、確かに高校野球史上に刻まれているのです。
これはどういうことか。この本には、高校野球界に対する問題点を浮き彫りにする、あまり表沙汰にはできない裏話が多く書かれており、それを実話と捉えるかどうかは、「読者に委ねます」というスタイルで書かれているのです。
著者のまきごろう氏は、大阪府高校野球連盟の理事を務めていた人物。本名は清水治一(しみず・はるかず)といい、1933(昭和8)年の夏の甲子園大会、中京商vs明石中の延長25回の死闘に感銘を受けて、野球に目覚めた自身の少年時代から、物語は始まります。
大阪生まれの清水少年は大阪府立北野高(旧制北野中学)から大阪外語大に進み、終戦直後の1945(昭和20)年に北野高校野球部監督に就任。そして、4年後の1949(昭和24)年、第21回のセンバツ大会で、なんと母校を全国制覇に導くのです。
本書では橘治重(たちばな・はるしげ)と名前を変え、監督時代のニックネームは「ジーヤン」。母校を甲子園に出場させるため、ジーヤン監督の孤軍奮闘が続きます。ちなみに本書では北野高は六陵(ろくりょう)高と名前を変えて登場。つまり、ジーヤン監督が母校の六陵高野球部を鍛え上げ、全国優勝を成し遂げるまでのドラマが描かれているのです。
ジーヤン監督が就任した当時、日本は終戦直後で野球どころではありませんでした。
グラウンドはイモ畑の跡でボコボコ、バックネットは戦時中に供出されて跡形もないい状態。ユニフォームは色とりどりで、人数分のグラブも揃わない散々な状況のなかで、ジーヤン監督は六陵高野球部を引っ張っていきます。
始めは3個しかなかったボールも、ジーヤンがヤミ市を回ってお古のボールを探し、少しずつ増やしていきました。ジーヤン自身は大阪外語大に通い、午後は野球部の練習指導、夜はアルバイト、深夜に難しいアラビア語の勉強、そして英語の教員免許も取得しなければならない……と、いくつもの難題を努力と根性で乗り越えていきます。
するとジーヤン監督の指導法のお陰で選手たちはメキメキと力をつけ、大阪では当時、「浪商か六陵か」といわれるほどの強豪校に成長。そしてついに、第21回のセンバツ大会で、六陵高は全国制覇を成し遂げるのでした。
翌年、野球部監督の座を退いたジーヤンは、その後はテレビ局の高校野球解説者になり、現場から離れて高校野球を勉強。月日は過ぎていきました。
監督の座を退いた時の話も、真実か否かはさておき、リアルな物語になっています。ジーヤンを妬む新たな一派が現れ、選手起用に文句を言ったり、選手の親を使って圧力をかけたり……。現在の高校野球界でもありそうな、監督解任劇です。
しかし1973(昭和48)年、母校の不甲斐なさを知ったジーヤンは再び監督に復帰。ノックバットを片手に、チームを鍛え直します。ただし、前回の監督時代とは大きく考え方を変更したジーヤン。後援会や学校側のPTAなどと、距離を置くようにしました。
課題はチームを強くすることだけではありませんでした。学校へかかってくる匿名の怪しいタレコミ電話で、部員が悪さをしたと根も葉もない噂を立てられ、大阪府の高校野球界をとりまく私立大学の付属校や宗教団体をバックにしたライバル校が出現して……。と、こうして、ジーヤン監督の甲子園への旅は再び始まったのです。
戦前と戦後を駆け抜け、人生の全てを高校野球に捧げたジーヤンの物語は読み応えアリ。同時に今も昔も変わらない、高校野球部監督を取り巻くいろいろな問題が浮き彫りになっている本書は、時代を超えたリアル「高校野球監督本」といえるのではないでしょうか。
■プロフィール
小野祥之(おの・よしゆき)/プロ・アマ問わず野球界にて知る人ぞ知る、野球本の品揃え日本一の古本屋「ビブリオ」の店主。東京・神保町でお店を切り盛りしつつ、仕事で日本各地を飛び回る傍ら、趣味はボウリングと、まだまだ謎は多い。
文=鈴木雷人(すずき・らいと)/会社勤めの傍ら、大好きな野球を中心とした雑食系物書きとして活動中。自他共に認める「太鼓持ちライター」であり、千葉ロッテファンでもある。Twitterは@suzukiwrite
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