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甲子園が思い出させた感覚 〜大阪桐蔭・森友哉〜

「バッティングだけならドライチで5球団競合のレベルですね」

 初戦2発のあと、ある球団のスカウト部長から聞いた言葉だ。「バッティングだけなら」と注釈がついたのは、プロの世界でキャッチャーとしてあのサイズで年間通して戦えるのか。あるいは10年、15年一線でやれるのか…その種の心配をその人が持っているからで、ここについては、僕もいろいろ思うところがある。ただ、これはまたの機会に語るとして…。

 今回はバッティングについて。右に左に放り込み、最後はボール気味、高めのストレートにヘッドを立ててひっぱたいたライト前タイムリー。文句のつけようのない内容だったが、この活躍にある同業者から「言ってることと違うじゃない」と笑いながらの指摘を受けた。

 というのも、試合前、僕はその人に「大阪大会の森は調子が悪かった。1年秋から見てきた中で間違いなく一番悪い状態」と話していたからだ。ちなみに大阪大会の森は7試合で25打数10安打9打点。打率にすれば4割ジャストでホームランも1本。普通なら「どこが調子悪いねん!!」と突っ込まれるところだが、1打席、1打席の内容は、これまで見てきた森の中では最低レベルだと僕は見ていた。



打率4割でも調子が悪いといえる内容とは…

 簡単に言うと、好調時の森は、どんな球に対しても常に自分の形でスイングができ、凡打であっても泳いだり、詰まったり、崩れた形を見た記憶がなかったのだ。それが今回の大阪大会は違った。完全に崩された、タイミングのずれたスイングを3度、4度と見たし、捉え損ねた球が多い分、ファウルの数がこれまでと比べはっきり多かった。

 森はセンバツ期間中の練習で右ふくらはぎを痛め試合を欠場。そこでチームは敗れたのだが、この負傷が完治まで意外に長引いた。春季大会で復帰した際も、

「下半身に力が入らない感じでどういう風に打ってたのかわからないんです」
「打撃練習でも空振りしたり、打ち方を忘れた感じでした。そこから少しは良くなってきましたけど…」

 と、そんなやりとりを何度かした。とは言いながら、その春も復帰戦や履正社との決勝戦で一発を放つなど、目立つ活躍も見せていたのだが…。5月になっても、6月になっても、「なんかしっくりこないんです」と首を捻る森の姿が続いていた。

 おそらく…。足を痛めたことで、しばらく打撃練習からも、実戦練習からも離れた。それから間もなくして、戻ってはみたが、なかなか感覚が戻らない。そうするうちに森は、これまでどうやって打っていたのだろう…、と考え始めたのではなかったのか。ただ、本来、感覚派。これまで「どうやったらあんなに打てるのか」「フォームではどこに気をつけているのか」と、アレコレ聞いてきたが、返ってくる言葉は決して多くも、深くうなずかせるものでもなかった。小学生の頃から毎晩、父親が上げる新聞紙を丸めた“ボール”を打つティーでスイングの形、タイミング、粘りを作ってきた。ヒットを打つ形は体に染み込んでおり、考えてバットを振るべきものではなかったのだ。

「無」にしてくれた甲子園
 その中で唯一、何度も「どうやったらあんな打てるの?」と繰り返す僕を納得させてくれた答えがあった。それは「打席の中で無になることです」と森が返した一言だ。「余計なことを考えなければ、自然に反応して打てるんです…」とも言った。極端に言うなら、森は呼吸をするようにヒットやホームランを打っていたのだ、とその時確信した。それがこの春以降、「アレ、俺ってどうやって打ってきてたんかな」と考えるようになり、森らしいバッティングが陰を潜めていたのだ…。

 それが、甲子園初戦の大爆発。大阪大会のあと、チームとしてセンター返しのバッティング練習を徹底して行った話も聞いた。その効果も考えられるが、おそらく一番は、極限の集中状態を作った甲子園の舞台が森を「無」にさせたのだ。気がつけば振っていた…、気がつけばホームランになっていた…。この感覚を思い出した時、「ドライチで5球団競合のレベル」とスカウトが唸る結果は決まっていたのだ。




プロフィール
文=谷上史朗(たにがみ・しろう)/1969年生まれ、大阪府出身。関西を拠点とするライター。田中将大(楽天)、T−岡田(オリックス)、中田翔(日本ハム)、前田健太(広島)など高校時代から(田中は中学時代から)その才能に惚れ込み、取材を重ねていた。

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