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ブームの予感?「緩緩投法」で打線を牛耳る「腕を振らない投手」山田知輝(桐生第一)・尾田恭平(智辯学園)

 龍谷大平安と履正社。個人的に深く、よく知る両チームの対決となった決勝戦は複雑な想いで見た。今回は秋以降、日本一を掲げて狙ってきた龍谷大平安が押し切り、センバツ38回目の出場で初の日本一に輝いた。

 さて、そんな大会を振り返ると、いろいろと目を引く選手がいた。その中で少しマニアックな視点で思い出す投手について触れてみたい。1人はベスト4の健闘を見せた桐生第一のエース・山田知輝。もう1人は智辯学園の左腕・尾田恭平。右と左も違えば、体格的にも山田は184センチ、尾田は166センチ。共通点がないように見え、僕の中でこの2人につながるものを感じた。

 一言でいえば、「腕を振らない投手」なのだ。もう少し丁寧に言えば、「腕の振りを抑えることが結果として持ち味となっている投手」。本人に確認したわけではないので、あくまで観戦からの印象だが、山田は「本当はもっと振りたいけど現状では振れない」タイプ。対して尾田は「もっと振れるけど意識的に振らない」タイプと見た。

 尾田に関しては初戦で完投勝利した時の受け答えでこんなことを言っていた。
「去年まではストレートの速さを求めてたんですけど、そうするとやっぱりボールが荒れることが多くて。それでとにかくコントロールの意識を強くして『あそこに投げる』と強く思って、体ごとそこを目がけて投げるようにしています」

 スピードよりもコントロールを意識するという時点で、普通に考えれば腕の振りは穏やかになるだろう。さらに尾田の言った「『あそこに投げる』と強く思って、体ごとそこへ投げるように」というところだ。体全体をイメージすることで結果、力みや無駄な力が削がれ、体全体で“そこ”へ向かいつつ、最後に左手でボールを“そこ”に通すイメージだ。実際、尾田の投球フォームは「そろーっと」投げにいくような印象を持った。悪い意味ではなく、動作確認でもしているかのような感じで、非常に落ち着いたフォームというニュアンスだ。その結果、最小限にしか腕を振らないフォームになった、と。



 準決勝で、龍谷大平安を追い詰めた桐生第一の山田は、広島新庄と引き分けた試合も投げきり、翌日の再試合でも先発完投して、2試合を通じ24回を1失点。そこも含め、龍谷大平安戦以外は、ほとんど打たれなかった。疲れもあっただろうが、ストレートは120キロ台がほとんど。スプリット、スライダー、カーブとのコンビネーション。特にストレートのスピードの無さがスプリットとの球速差を小さくし、より効果的だった印象だ。いうなれば、田中将大(ヤンキース)が150キロのストレートと140キロのスプリットを投げるのと似た効果があったのではないか、と。

 そこに加え、もう1つ思ったのが、やはり山田の腕を振らないストレートのメリットだ。元々、それほど腕の振れるタイプでない(はず)のところに疲れが加わり、より振れなくなった。しかし、そこでまた低めへの意識がより強まり、打たせて取る投球術をさらに極めていったように見えた。


 そんなことをアレコレ思っていると、1つ思い出す話があった。実はこの「腕を振らないストレート」に近い話を以前、星野伸之コーチ(オリックス1軍ピッチングコーチ)から聞いたことがあったのだ。星野コーチの言い方は「腕を振らない」というところから、「置きにいく真っ直ぐ」という表現につながった。当然、投手というのは「腕を振って投げろ」と教えられて育つ。しかし、星野コーチは「あえて腕を振らずに“真剣に置きにいく真っ直ぐ”を投げていた」と言ったのだ。星野コーチが力説したのは中途半端に置きにいくのではなく“真剣に置きにいく”という点だった。

 それがなぜ有効かというと、以下のような現役時代の経験があったからだ。
 大量リードの場面で佐々木誠(元ダイエーほか)にカウントを悪くし「ここでフォアボールでも出すと野手に怒られる。それならホームランを打たれた方がいい」と打ち頃のストレートを投げた。ところが、これを佐々木がアッサリ見逃した。その反応に「アレ?」となり、別の場面で別の打者に試してみると、今度はタイミングが外れて打ち損じた……。そこから「これは使える!」と思ったのだという。逆にプロの世界だからこそ通じる面があったのでは? と当時は思っていたが、山田と尾田の投球を見ながら、プロばかりではないのかも……と考えるようになった。

 星野コーチの投球はよく90キロ〜100キロ台のカーブと130キロ前後のストレートとの緩急が持ち味と言われたが、置きにいくストレートの話には緩急とは違う「緩緩」のイメージが沸いた。チェンジアップは腕を振ってストレートのように錯覚させて打者のタイミングをずらす球だが、腕を振らない「緩」のフォームから投げる「緩」のボール。これは案外、金属バットとボールの勢いによる反発力で打球の飛びや、強さにつながる高校野球でも有効なボールになるのかもしれない。

 最近は情報が発達しているため、少し話題になるとブームが起こりやすい。2009年に今村猛(清峰→広島)が全国制覇以来、場面によって力を加減する投球も一気に広まったし、今回「琉球のライアン」、「左のライアン」などと話題になったフォームもそう。今年は田中将大(ヤンキース)、マエケン(前田健太/広島)の活躍で1980年代はじめ以来のスプリットブームがくると思っているが、そこにこの「緩緩投法」。じわじわくるかもしれない。


■ライター・プロフィール
谷上史朗(たにがみ・しろう)/1969年生まれ、大阪府出身。関西を拠点とするライター。田中将大(ヤンキース)、T−岡田(オリックス)、中田翔(日本ハム)、前田健太(広島)など高校時代から(田中は中学時代から)その才能に惚れ込み、取材を重ねていた。『野球太郎』では「阪急ブレーブス あれからの勇者たち」が好評連載中。

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