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第二十九回 「去り際のケジメの大切さ」

 子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! そんな親の思惑をことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考える「野球育児」コーナー。野球ライター“ハリケン”こと服部健太郎さんが実話を交えて、組織の「辞め方」について語ります。


とある体操教室の意外なる徹底事項

 長男ゆうたろうが、まだ野球にまったく興味を示さぬ幼稚園生だった頃、体操教室に約2年通わせていた時期があった。体操教室といっても、体操選手を育成するような本格的なものでなく、跳び箱やマット運動、ボール遊びなどに親しむ程度の、いかにも「楽しいモード」の教室だったが、挨拶などの礼儀に関しては非常に厳しかった。
 中には、年度の途中で教室を辞めたいと言い出す子もいるのだが、この教室、辞める際には必ず子ども自身の口から「辞める理由」を先生と生徒全員の前で告げ、了承してもらうことで、ようやく辞めることができる、という決まりがあった。
 つまり、親が先生に「うちの子、もう辞めさせますんで」という報告だけでは辞められない。フェードアウトして辞めるなど、言語道断といった雰囲気だった。
 この世に生を受け、まだ5、6年の幼稚園児が
「ぼくは体操教室の曜日はほかのお稽古事を習うことになったので、体操教室は来れなくなりました」
「野球チームに入団したのですが、平日も練習があるので、残念ですが、辞めることを決めました」
 といった理由を(たとえ建て前でも)大きな声で述べ、先生たちも納得し、初めて大きな拍手をもらえ、正式退部の運びとなる。
 妻によると、生徒の中には、実は辞めたいものの、全員の前でそんなことを言わされるくらいなら、このまま続ける方がまだまし、と結果的に年度末の最後まで続ける子もけっこういるらしい。幼稚園児にとってはなかなかハードルの高い決まりではあったかもしれないが、私は信念のある、いいやり方だなと感じていた。
 大人でも、組織をきちんと円満に辞めることができない人は案外いると感じる。組織は入る時よりも、出る時の方が人間の真価が問われるのではないかと思うときさえある。
 しかし、幼稚園児の段階で、「組織とは、こうやってけじめをつけて辞めるものなんだ」という感覚をきちっと身につけることができた子どもたちは、将来、アルバイトをフェードアウトして辞めるような人間にはならないような気がするし、会社を無断欠勤し、クビになるようなマネもおそらくしないような気がする。恋人との別れをメールで済ませたりするようなマネだってしないに違いない。
 最初は正直「幼稚園児にそこまで求めるのか…厳しいなぁ」と思ったが、次第に「幼稚園児という早い段階だからこそ、徹底する価値があるのかもしれない」と思うようになった。
 いい組織に2年間通わせてもらったと感謝している。

挨拶なしで辞めた子にありがちな傾向とは?

 小学2年生になって間もない頃に、長男が地元の軟式少年野球チームに入団。私もいつしかコーチとしてチームという組織に関わるようになったが、残念ながら、小学校の卒業を待たずして、チームを退団してしまう選手も年間を通じ、何名か出てきてしまう。驚いたのは、辞め方に「?」がつく家庭が結構な割合で存在することだった。
 親がメールや電話で「辞めます」と監督、もしくは事務局長に連絡し、子どもが最後の挨拶をすることもなく、終わりになってしまうことが珍しくない。辞める理由としては、おそらく、子どもが野球を好きになれない、あるいは親がチームに不満がある、といったところが多数を占めており、言いづらいことではあると思う。しかし、幼稚園生にきちんとした辞め方を求めていた体操教室をその前に見ていたこともあり、子どもが最後に指導者や残された選手たちに顔を見せることなく、辞めてしまえる家庭が少なくないことに対する、なんともいえない違和感が私の中にはあった。
(こんなものなんかなぁ? あの体操教室のやり方が特別だったのかなぁ?)
 最初はそう思うことで自分を納得させようとしていた。ところがそのうち「おやおや?」と思ってしまうことが出てきた。地元密着のクラブチームゆえ、選手たちはほぼ同じ地域に住んでいる。必然的に辞めてしまった子と家の近所でばったり会ってしまうことは珍しいことではないのだが、きちんと挨拶をせずに辞めてしまった子は、目をそらすなどして、私に気づいていないふりをしたりするケースが実に多いのだ。中には進行方向を変え、足早に逃げ去っていってしまう子もいる。しかし、きちんと手順を踏んで、きっちり挨拶をし、退団した子らはこちらに気づくと、「あ、コーチ、お久しぶりです!」と向こうから声をかけてくれたりする。そうすると、「元気でやってるか!?」「ええ。ぼくは今、剣道やってるんですよ。チームの調子は今どうですか?」といった会話に発展したりするものだ。
(やっぱり、きちんと挨拶をして、けじめをつけられなかった選手は、どこか後ろめたい思いをしながら、今も生きているってことなんじゃないのか? 同じ町内で、これからも会う機会はいくらでもありそうなのに、その都度、逃げ回るような思いをしなくっちゃいけないなんてたまらんよなぁ…。こっちだって気分悪いし…)
 よく考えたら、町内で会ってしまう可能性があるのは私だけではない。元チームメートやその親、指導者も含めれば、近所を歩くだけで、誰かに会う可能性はありそうなものだ。その都度、「うわ、元いたチームの人に会ってしまった。気が付かないふりをしようか、それとも方向を変えようか…」などと思わなければいけないのか?
 数分もかからない挨拶をしなかったばかりに、その後何年もこんな思いをしなければいけないのか…?
(きっと辞めるときには想像もしなかった心境なんだろうな、これは…。こんなハズじゃなかったって彼らも思ってるんじゃないのか?)

「辞め方」を伝えられるのは大人たち

 その後、指導者間で話し合い、「辞める際は必ず子ども自身に、チームメート全員の前で別れの挨拶をしてもらおう。そして残った人間全員で『頑張れよ!』と明るく送り出そう」と決め、徹底を図ることになった。
 実際は、嫌がる子が大半で、親の方から「挨拶したくないってきかないんです…」と泣きが入るパターンも多かったが、「来てすぐに帰ってもらってもいいので、とにかく挨拶だけはしてほしい」と懇願し、最終的には退団者全員が最後の挨拶のため、グラウンドに足を運んでくれた。
 中には「うちはこないだの電話で辞めたものと思ってます。もういいじゃないですか、それで。なんでわざわざ挨拶しなくっちゃいけないんですか?」と不平を述べる親もいたが、そんなときはこう伝えると、後日、渋々ながらも、親子でグラウンドに現れてくれた。
「おたくの家はそれでいいかもしれないが、挨拶もなしに辞められると、残された選手たちが『なんだ、組織を辞める時って、あんな風に挨拶もなしにフェードアウトしてもいいんだ』という感覚を持った大人になってしまいかねない。うちのチームは組織の辞め方をきちんと子どもたちに伝えることも、指導の一環と考えています。だからこうしてお願いしてるんです」

 別れの挨拶の徹底後、町でばったり遭遇した際に気まずそうに顔をそむけ、逃げ出しそうな態度をとる、元教え子に出会うことがなくなったところをみると、妥協せずに最後の挨拶を求め続けた意味はあったような気がする。
 組織の「辞め方」をしっかり伝える。
 それも野球育児の一環だとつくづく思うのである。




文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。

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