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絶対に欠かせない三冊の野球本

 前回は『伝説のプロ野球選手に会いに行く』のきっかけとなった野球本を紹介しました。今回は、インタビュー前の下調べと、のちの原稿作成に欠かせない本を三冊紹介したいと思います。

 まず一冊目は、『プロ野球人名事典』(日外アソシエーツ)。名字研究でも知られる野球史研究家の森岡浩氏が著した大著で、1988年に刊行。以来、2003年版まで改訂が続けられました。
 僕が初めて購入したのは2001年版で、03年版はつい買いそびれてしまいました。それぐらい、01年版が手に馴染んでいたこともあります。


▲有名選手の場合、関連図書も初回。長嶋茂雄の項は、図書名だけで1ページ以上が割かれている。

 全651ページの01年版。人名事典なので、収録されているのはプロの選手に限りません。かつて存在したプロ経験のない監督経験者、話題となったスカウト、コーチ、審判も含まれていて、その数、6016名。
 最初にこの本を見つけたのは野球好きの友人で、知らなかった昔の選手のプロフィールに凄まじい記録が載っているのを見て興奮。それを見たこちらも盛り上がって、またさらに探してみる、というような遊びをしたものです。調べる以前に、発見する面白さがある事典と言えます。

 もう15年以上前になりますが、著者の森岡氏にお会いしたことがあります。アマチュア野球好きが集まる会合で目の前に座っておられ、ずっとにこやかな表情で接していただきました。
 ということで当然、アマチュア野球にも詳しい森岡氏。ならではのコーナーが人名事典の巻末付録、出身高校別選手一覧です。
 北海道から沖縄まで、プロ野球選手を出身校ごと、入団年順に並べていて、見始めるとついつい止まらなくなります。やっぱりPL出身はたくさんいるなあとか、中京も多いなあとか。かと思うと、今や野球では無名の自分の母校から過去に5人もプロ入りしてる! と驚かされたり。役立つだけでなく、息抜きに楽しめる要素もあるので手放せなません。

 二冊目は、『プロ野球データ事典』(坂本邦夫著/PHP研究所)。人名事典が選手を中心とする個々のデータだとしたら、こちらは球団別、年代ごとのデータ。簡単に言えば、「メンバー表」事典です。


▲各球団とも、時代ごとのチーム状況が10年区切りで説明され、各年の主な新戦力、主な表彰選手も示されている。

 セ・パ2リーグ制となった1950年から2000年まで。各球団各年の監督、順位、スターティングメンバー、控え野手、おもな投手陣が成績とともに網羅されています。
 一見して、ありそうでなかった形式と内容。その野球人が在籍した時代のチームがどういう陣容だったのか、すぐに把握できるというのは、決して大げさでなく感動的でした。
 しかも現在の12球団に連なる球団のみならず、<消滅した球団>という項目もあります。すなわち松竹ロビンス、大映スターズ、高橋ユニオンズ、西日本パイレーツも、同じ形式でデータが載っているのがすごいです。

 それだけ濃い中身でありながら、本の判型は新書サイズ。取材の際に持っていけるので、インタビュー中に野球人の方と一緒に『データ事典』を見て、その方の記憶が呼び覚まされたことも何度かあります。
「あの年はピッチャー、ほかに誰がいたんだっけ」
「たぶん、その年は2番を打つことが多かったはず」
といった話はよく出るもので、そんなときにすぐ開いて見てもらえたりすると、取材がスムーズに進められるのです。

 昨年、この『データ事典』を刊行した出版社でお仕事をする機会がありました。その際、編集のK氏に現物を見せると、同氏は本が刊行された2001年にはまだ入社前。そのため、ご存知なかったのですが、「これは続編を出さなければいけませんね」とおっしゃっていました。使い込んで本はもうボロボロなので、続編の刊行を期待したいと思います。

 さて、最後の三冊目は、『プロ野球データブック 《最新版》』(講談社文庫)。1936年、日本にプロ野球が発足してから1994年までの全記録が収められています。
 著者は、[記録の神様]と呼ばれた宇佐美徹也氏。パ・リーグ記録部公式集計員から報知新聞入社後は記録の分析と話題をもとにしたコラムを手がけ、記録部を創設。退社後は日本野球機構・BISデータ本部初代室長を務められました。
 惜しくも2009年、76歳で逝去されましたが、生前、1998年に初めてお会いして以降、往年の名選手インタビューでも大変お世話になった方です。


▲元本は『プロ野球記録大鑑』で、文庫はその改定版。記録をわかりやすく示すための表も多数挿入されている。

 『データ事典』が新書サイズなら、こちらは文庫本。全847ページと分厚くて重いですが、小さくて扱いやすいので、調べたいことが出てきたらすぐ調べよう、という気になれます。『プロ野球70年史』などの函入り大型本は書棚から引っ張り出すだけでも大変で、調べ物もつい後回しにしがちなので、扱いやすさは案外、重要な要素だと思います。

 扱いやすいのは中身の充実度の高さもありますが、[記録の神様]によるデータブックといっても、決して無機質な印象はありません。むしろ野球の読み物として楽しめる本だと思います。実際、文章の随所に宇佐美氏の主観が入っていて、本来は客観的な記録、数字というものが、生きているように感じられることもあるのです。

 とりわけ、宇佐美氏とともにインタビューする幸運に恵まれた、故・稲尾和久のシーズン最多登板記録。78試合という記録の内訳は、先発30、リリーフ48でした。現在のシーズン最多登板記録は久保田智之(阪神)の90試合ですが、それはリリーフのみの数字。以下、80試合、79試合と記録した投手にしても、抑えもしくはセットアッパー。
 宇佐美氏は稲尾の記録が破られるずっと以前から、リリーフのみ、という部分に疑問を投げかけていました。

<登板数は完投しても1球投げただけで降板しても同じ1試合として記録される。シーズン最多登板の記録はリリーフ投手、ことに左−左のワンポイント投手を各チームがこぞって使うようになってから古い価値ある記録を侵食し始めた>

 [シーズン最多登板2 感心しない福間のセ記録]と題した項の冒頭、宇佐美氏はそう書いています。1984年、阪神でワンポイントの役を受け持っていた福間納が、稲尾の記録に迫ったときのことです(同年セ・リーグ記録は更新)。
 結局、当時の安藤統男監督が、77試合に達したあとに福間を起用しなかった経緯に対して、宇佐美氏は、<稲尾の大記録はこうして守られた>、<大乗的見地に立って判断を下した安藤監督のファインプレー>と続けています。

 藤川球児(阪神)が80試合を投げ、ついに稲尾の記録が破られた2005年。宇佐美氏は病に伏せられ、記録更新についてお話をうかがうことはかないませんでした。ただ稲尾自身、藤川に対して「よく投げた。今回は許す」とコメントしたのが救いでした。「許す」とはつまり、リリーフだけでも「許す」ということで、その意味は、宇佐美氏の見解を知らない人にはわからなかったのではないでしょうか。

 宇佐美氏が亡くなってから、もうすぐ4年が経ちますが、『データブック』を読んでいると、いつも、その張りのある少し太い声が聞こえてくるような気がします。それぐらい、活き活きとした文体で野球の記録、そして歴史が綴られています。
 取材で何度もお会いして、取材以外の席でもお会いした方なので、いずれまたの機会に、宇佐美氏の思い出を書きたいと思います。
(※宇佐美徹也氏が同行した稲尾和久インタビューは、増補改訂版『伝説のプロ野球選手に会いに行く 球界黎明期編』にに収録されています)

▲在りし日の稲尾和久(左)と宇佐美徹也氏。(2002年6月)


<編集部よりお知らせ>
facebookページ『伝説のプロ野球選手に会いに行く』を開設しました。プロ野球の歴史に興味のある方、復刻ユニフォームを見ていろいろ感じている方、ぜひ見ていただきたいです。


文=高橋安幸(たかはし・やすゆき)/1965(昭和40)年生まれ、新潟県出身。日本大学芸術学部卒業。雑誌編集者を経て、野球をメインに仕事するフリーライター。98年より昭和時代の名選手取材を続け、50名近い偉人たちに面会し、記事を執筆してきた。昨年11月には増補改訂版『伝説のプロ野球選手に会いに行く 球界黎明期編』(廣済堂文庫)を刊行。『野球太郎No.003 2013春号』では中利夫氏(元中日)のインタビューを掲載している。
ツイッターで取材後記などを発信中。アカウント@yasuyuki_taka

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