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ドイツ人メジャーリーガーの本音から見る日欧野球の現実

 侍ジャパンが3月に欧州代表チームと強化試合を行うことを発表した。この欧州は、サッカーのイメージが強いが、イタリアやオランダは、国際大会の常連であるし、前回のWBCでは、スペインが本選に初出場している。また、チェコやドイツのリーグは、外国人助っ人を雇い入れ、強化を図っている。日本においても、フランス人やスペイン人選手が独立リーグのチームに入団したり、NPBでもイタリア生まれのマエストリ(オリックス)、オランダ生まれのバンデンハーク(ソフトバンク)らがプレーするようになっている。

 しかし、現実を見てみると、欧州各国の代表メンバーの多くは、外国生まれの二重国籍者や、バレンティン(ヤクルト)のような海外領出身の、厳密には「ヨーロッパ人」とは呼びにくい者だ。

 野球普及の観点から見れば、欧州各国で生まれ、地元リーグでプレーする選手で代表チームを組むのが理想だろうが、そうなると「よくて社会人レベル」と言われる現地リーグからの選抜チームが、世界トップレベルの日本代表と果たして伍することができるのか、という問題が出てくる。したがって、日本でプレーする欧州籍の選手や、アメリカやアジアでプレーするプロ選手で代表チームを組みたいところ。発表されたロースターをみると、昨年まで日本でプレーしていたジョーンズやファンミル(ともに元楽天)を含むNPB組の他は、プロ経験のある選手がほとんどだが、今年、MLB傘下のマイナーチームでプレー予定の選手はひとりも含まれていない。メンバーの大半は、欧州各国リーグでプレーする元マイナーリーガーである。

 日欧野球の第一報を受けたその日、私はオーストラリアにいた。そして偶然にも、そこでヨーロピアンプレーヤーの出世頭といってよい男に出会った。アメリカでプレーする彼の目に映った今回の企画がどのようなものであるのか。ドイツ人メジャーリーガー、ドナルド・ルッツのインタビューを敢行した。


 年明けにブリスベンで行われたオーストラリアン・リーグの公式戦。ネット裏にフィールドの選手よりも体つきのいい男が座っていた。その男がドナルド・ルッツだった。


 2013年夏にメジャーデビューを果たし、その残りシーズンで34試合、昨年は28試合に出場した26歳の彼は、シンシナティ・レッズ期待の有望株だ。しかし、メジャーの壁は厚く、一昨年は打率.241、昨年は打率.176にとどまった。また、マイナーでも、昨年は、2Aで打率.360だが、3Aでは打率.236と、高いレベルになるほど、確実性が落ち、持ち前の長打力も生かせなくなっている。そこで、この冬も前年に続いて、メキシコで武者修行したのだった。

 ドイツ人といっても、その風貌からは、そのことは感じにくい。一目見たところ、ラテン系のその風貌は、父親がアメリカ人であることが大きく影響している。生まれもニューヨークなのである。

「まあ、でもアメリカに住んでいた思い出はないよ。なにしろ、生後5カ月でドイツに移住したからね」

 と本人も言うように、彼のアイデンティティはドイツにあり、現在はドイツ国籍を選択しているという。

 親譲りの血は、野球不毛の地にあって、ルッツをすぐにスターダムに押し上げた。MLBのスカウトに見いだされた彼は、イタリアで行われるサマーアカデミーに2度参加、2006年にドイツ国内リーグでデビューを飾ると、メジャー球団との契約を勝ち取り、2008年にはアメリカへ渡った。

 彼の母語は、無論のことドイツ語だが、父親の教育方針により子どもの頃から英語も学んだおかげで、アメリカで、コミュニケーションに困ることはなかった。英語圏以外の国の出身者の多くは、渡米後、プレーそのもの以上に言葉や習慣の違いに戸惑い、適応できないまま、アメリカを去ることが多い。我々は、「欧米」とひとくくりに捉えているが、むしろアメリカでプレーするヨーロピアンの境遇は、日本人マイナーリーガーのそれに近いのだ。その点、幼少期から「アメリカの空気」に触れることのできたルッツは、本場の野球を吸収するのも早かった。

 そういうルッツに球団も期待をかけ、2010年秋にオーストラリアにウインターリーグができると、彼をキャンベラ・キャバルリーに送った。この新興リーグは、野球経験のまだ浅い2A未満の選手の修行にはもってこいの場所で、同じチームには、今年メジャーでブレイクしそうなオランダ出身のディディ・グレゴリウス(ヤンキース)や、昨年話題になった野球映画『ミリオンダラー・アーム』のモデルとなった、インド人初のプロ野球選手、リンク・シンもプレーしていた。ここで、ルッツは打率.260、5本塁打という成績を残し、翌2011年シーズン、A級で打率.301、20本塁打という成績でブレイクを果たす。そして2012年に2Aを含む、マイナー計4チームで、23本塁打を記録すると、翌シーズンにはメジャーに昇格。オフの修業の場は、メジャーリーガーも複数参加するメキシコに移った。

「まあ、レベルもオーストラリアより高いしね。もちろん、ギャラもね」

 とルッツはメキシコでプレーする理由を語ってくれた。レギュラー野手として打率.280という好成績を収めながら、プレーオフを待たずに、年内いっぱいでプレーを切りあげたのは、無論のこと、ウインターリーグ参加の本当の狙いが、メジャー定着にあるからだ。

 ブリスベンに立ち寄ったのは、オーストラリアン・リーグ参加が縁で、地元チームのオーナーと旧知の仲だったからとのこと。しかし、故国ドイツの冬の寒さと、太陽がさんさんと降り注ぐブリスベンの気候を考えると、ここでトレーニングをし、来るシーズンに向けて準備していることは容易に想像できる。

 侍ジャパンと欧州代表の試合には、彼はあまり関心を示していなかった。というより、年明け早々の発表後という時期もあってか、そもそも、このマッチングについても知らないようだった。

「へえー、そんな試合が行われるんだ。知らなかったよ。参加するかって? うーん。でも、その時期はスプリングトレーニングの時期だからね」

 その言葉どおり、今回のメンバーに彼の名はない。確かに、彼の現在の立ち位置を考えると、ベンチ入りの当落線上にあることは間違いない。すでにメジャー契約を勝ち取ってはいるが、レギュラーポジションが保障された選手ならともかく、彼のような立場の選手にとって、これも「仮契約」に過ぎない。アピールが足りなければ、開幕までにリリースされることは日常茶飯事だ。彼らヨーロピアン・マイナーリーガーにとって、この時期は、所属チームでポジションを獲得し、あるいは上級のチームでプレーするチャンスをつかむための大事な時期なのだ。


 今回のメンバーは、欧州各国リーグでプレーする選手が中心となる。しかし、あなどるなかれ、彼らは今回の対戦で侍ジャパンに一泡吹かし、あわよくば、ジャパニーズドリームを手にしようと虎視眈々と金星を狙っている。


■ライター・プロフィール
阿佐智(あさ・さとし)/1970年生まれ。世界放浪と野球観戦を生業とするライター。「週刊ベースボール」、「読む野球」、「スポーツナビ」などに寄稿。野球記事以外の仕事も希望しているが、なぜかお声がかからない。一発当てようと、現在出版のあてのない新刊を執筆中。ブログ「阿佐智のアサスポ・ワールドベースボール」(http://www.plus-blog.sportsnavi.com/gr009041)

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