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第二十二回 「学んだことは野球だけじゃない」

 子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! そんな親の思惑をことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考える「野球育児」コーナー。野球ライター“ハリケン”こと服部健太郎さんが実話を交えて、出会いと別れから親子で学んだことを語ります。

長男が野球を通して知った真の優しさの意味


「なに? あんたどうしたの?」
 2月の最終週。中学野球最後の練習を終えて帰宅した長男ゆうたろうのテンションがやけにしんみりしている。体の調子が悪いのではと心配した妻が「熱でもあんの? しんどいん?」と声をかけるも、首を横に振るばかり。
「体は元気なの?」
「うん…」
「じゃあ、どうしたっていうのよ」
「ずるいよ、あの人たち…実はみんなすごくいい人たちやんか…」
 聞けば、最後の練習で、いつもは怖く、厳しい指導者陣がやたら優しく、愛情たっぷりの言葉をかけてくれたのだという。
 長男は妻に確認を求めるように続けた。
「今までのあの人たちの厳しさは全部愛情の裏返しだったのかなぁ…?」
 なにを言い出すのかと、飲んでいた日本茶を吹き出しそうになったが、ここはあえて何も言わず、テレビを見ているふりをし、息子と妻とのやりとりに聞き耳を立てることにした。
「そうよ。信念と愛情を持って3年間、指導してくれたと思うよ。なに、最後の最後でやっとわかったの?」
「うん…」
「大人たちは、最初からわかってたけどね」
「そうなん?」
「あんたが、『ほんまコーチの人たち、細かいところまでいちいちうるさい』とか『こんな暑い中、あんなに走らせるなんて、ただの鬼やであの人たち』とか愚痴ってる時でも、親は『信念を持った優しいチームだなぁ』と思ってたよ」
「そうなんや…」
「そう、大人はね、一見非情にみえることの裏側にある優しさがね、わかるの」
「そうか…」
「あんたもこれで学んだんじゃない? この先、厳しく、いやだなぁ、うっとうしいなぁと思う人が現れても、『いや、ちょっと待てよ? あの中学野球の時の法則でいくと、これは愛情の裏返しかもしれない。この人は実はものすごく優しいのかもしれないぞ?』って思えるじゃない。今までのあんたにとっては、優しい人っていうのは、ニコニコして怒らない人みたいな解釈をしているようなふしがあったけど、本当の優しさっていうのは、そういう上っ面の世界には存在しないってことがわかったでしょ。本当の優しさっていうのはね、相手にどう思われるかなんて気にせず、その人のことを本気で思って行動することなの」
「今はそれ、わかる気がする」
「最後の最後にそのことがわかったのなら、あの厳しいチームで3年間やった価値はあるんじゃない? よかったね、最後にわかって。去年、野球辞めたいって言ってたけど、辞めてたら、あんたは今でもそのことに気づけなかったんやで。あのコーチたちは冷徹で怖い人たちだった、で終わってるのよ」
「だから最後までやり続けてよかったと思ってるってば。じゃあおれ、風呂に入ってくるわ!」
 本当の優しさとはなにか。苦しかった3年間の中学野球を通じ、そのことを感覚的に理解できるようになった長男は、この日、少しだけ大人に、そして優しい男に近づけたのかも、と思った。
 野球をやってくれてよかった。野球を続けてくれてよかった。心の底からそう思えた夜だった。

ついにやってきた仲間との別れ


 次の日は、3年生にとって最後のチーム行事となる卒団式がおこなわれた。午前中は毎年恒例となっている指導者チームと卒団生によるガチ対決の卒団試合。結果は指導者チームの圧勝だった。元プロ野球選手や元オリンピック代表選手が指導者陣に何人もいるとはいえ、年齢的には保護者たちと同世代の方が大半。それなのに今なお、特大ホームランを連発し、キレのあるピッチング、華麗なフィールディングを披露することができる。「おまえらはまだまだなんだぞ! 野球っていうスポーツはまだまだ極めていくことができるんだぞ!」という無言の檄を飛ばしているかのような本気のパフォーマンスにネット裏で観戦していた保護者たちは唸った。私は思わず妻に言った。
「これって一見容赦ない試合に見えるけど、ものすごく愛情にあふれた試合だよな」
「うん。きっと我が息子もわかってくれてるでしょう」
「そうだよな。今ならわかるよな、きっと」
 午後からはグラウンドに隣接する体育館で卒団式がおこなわれた。
「お父さん、遠いところ、毎週車で送り迎えしてくれて、ありがとう。お母さん、毎週、朝早くからおいしいお弁当を作ってくれてありがとう」
「練習はほんとに厳しく、何度もやめてしまおうと思ったときがありました。最後まで続けてきて本当によかった」
 選手ひとりひとりが壇上から作文を読みあげるのを聞いていると、思わず目頭が熱くなる。3年前の入団時は小学生のようだった子らも、今や見た目はほとんど高校球児。高かった声がみな一様に低くなっているのすら感慨深い。
(こんな感動を味わえるのもわが子が野球という団体スポーツをやってくれたからだよなぁ…。そうでなければ、他人の子の成長をここまで実感し、喜び、涙を流すことなんてなかっただろうなぁ…)

野球育児の先に待ち構えていたものとは?


 夜は大阪市内のお店で指導者陣と保護者のお別れ会。丸3年も付き合うと、学年の親同士の結束も強くなり、別れ難くなるというもの。地方の高校で寮暮らしをスタートする子もけっこういるため、子どもら同志は今後なかなか集まる機会はないだろうが、保護者同士で定期的に集まれば、各選手が元気で頑張っている様子は伝わってくる。お母さん方は早速、来月の女子会ランチの予定を立てていた。
 帰り道の電車の中で、妻がしみじみと言った。
「ねぇ、子どもが野球やってなかったら、あの人たちに出会うことなかったんだよね」
「おれもちょうど同じこと考えてた。子どもの野球のおかげで出会えた人たちなんだなって」
「そう考えたら、野球を頑張ってくれてる子どもらに感謝よね。自分だけでなく、親にも出会いを提供してくれてるんだから。おかげで他人の子どもの成長も長い期間かけて楽しめるし、喜べる。野球少年の親の特権だよね」
「高校でも、いい出会いがたくさんあったらいいな」
「ほんとそう」
 野球育児の先に訪れる数々の素敵な出会い。わが息子たちに感謝しつつ、しっかりと堪能したい。



文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。

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