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第二十六回 「『怒る』ことと『叱る』こと」

 子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! そんな親の思惑をことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考える「野球育児」コーナー。野球ライター“ハリケン”こと服部健太郎さんが実話を交えて、少年野球指導者として最も大事にしている心得を語ります。


それが少年野球のイメージ!?


「少年野球の練習風景を見てると、たいてい大人が感情的になって怒鳴ってるシーンに出くわすんだよね。あれは見ていてもほんと気分悪い」
「近所の少年野球チームの練習風景見てたら、指導者が『アホ、ボケ、カス』の三言しか発してないんじゃないかっていうくらい、怒り倒してんの。自分の子どもが野球やりたいって言っても、あんな世界じゃ二の足踏んでしまうわ」
「少年野球のイメージって、商店街の店主みたいなおじさんが、子どもを怒鳴り倒してるイメージが強いよね。いったい何様なの? 指導者ってそんなにえらいの?」
 そんな発言をこれまでにどれほど耳にしたことだろう。
 しかし、よくよく考えてみれば、私自身もそういった光景に出くわし、いやな気持になったことも少なくない。試合中に対戦相手の指導者がミスをした選手に対し、これでもかというくらい、罵っているシーンにも数えきれぬ程、遭遇した。
 試合後に「いやぁ、厳しいですね〜」と相手の指導者に向けると「あれくらい言わんとあいつらわからないんですよ! あれだけ怒っても来週、また同じミスをしたりしますからね。先週も今週も同じようなエラーで負けてるんですよ。まだまだ怒り足りないくらいですよ!」といった言葉が返ってきたりする。
(まぁ、たしかに厳しくするところは厳しくしなくっちゃいけないとは思うけど、なんか見ていても、自分の日頃の仕事のストレスを解消してるんじゃないかと思ってしまうような、感情的な怒鳴り方をする人が多いんだよなぁ…。自分も振り返ってみれば、怒鳴られ通しの少年野球人生だったけど、この30年、少年野球界の風景はほとんど変わってないってことか…? だから少年野球って、おっさんが怒鳴ってるイメージが強いってことなのか…?)

「怒る」と「叱る」の違いとは?


「服部さん、生徒を怒ることと叱ることは大きく違いますからね」
 大学4年生の時に教員免許取得のため、出身中学で教育実習を受けた際、担当したクラスの担任だった女性教諭に最初に言われたのが、この言葉だった。
「広辞苑で調べると、このふたつの意味には大差はないの。でもね、教育の現場ではね、大きな違いがあるの」
 広辞苑で調べると、
怒る:いきどおる、腹を立てる、せめる、荒れ狂う
叱る:どなる、ののしる、せめる
といった意味が並び、たしかに、大差はないように思える。
 先生は実に穏やかな口調で、辞書には載っていない、ふたつの言葉の違いを説明してくれた。
「簡単に言うとね、『怒る』という行為は、相手が自分の思い通りに動いてくれなかった時などに、腹が立った感情を相手に一方的に吐き出すだけの自分本位の行為なの。『もう! なんでそんなことができないの!』『何度同じことを言わせるの!』といった発言は、『怒る』といったほうがいいわよね」
 なるほど…。じゃあ『叱る』の定義は?
『叱る』というのは、相手を正しい方向へ導くために何がよくないのかを相手に言葉で気づかせる行為なの。感情を爆発させて終わるのではなく、心から相手を認め、相手のためを思い、理に裏打ちされた指導のこと。問題点を気づかせ、それがどういう問題点であるかを説明し、その問題点の解決策を導く。この3点が揃って、初めて『叱る』なの。『叱る』ことは人間同士のコミュニケーションだけど、『怒る』は一方通行の行為といえるし、『叱る』は相手のため、『怒る』は自分のため、ともいえるわよね」
(なるほどなぁ…。つまり、エラーした子に「なんでおまえそんなボールも捕られへんねん!」って怒鳴るのは、ただ感情的に怒ってるだけってことか…。そういえば野球をやってる間、そんな言葉、指導者から数えきれないくらい浴びたけど、「すみません!」と謝りつつ、「いや、そんなん言われても、エラーしてしまう理由、ぼくが一番知りたいんですけど、そこは言ってくれないのかよ」って内心思ってたもんなぁ。問題点に気づけてないんだもんなぁ、要するに。エラーをしてしまう原因を気づかせ、よりうまくなるための解決策を授けられたら、たとえ口調が厳しくても、『叱っている』ことになるわけか。裏を返せば、指導している分野を徹底的に勉強し、その相手に応じた解決策を授けられるだけの知識、スキルがないと叱ることすらできないってことだよな…)

天に向かってつばは吐くまい


「全力疾走や声掛けなど、やろうと思えば、誰にだってできるチームの約束事を守れなかった時は、強い口調で叱るけど、エラーやフォアボールをいくら連発しようとも、選手は責められないよね。起用したのは自分だし、そういうプレーが試合で出てしまうってことは、自分の指導力がまだ足りないっていう証拠でしょう。それを『なんでそこでフォアボールを出すんだ! だめだって言っただろ!』『なんで同じようなエラーをするんだ!』って責めたところで、それって天に向かってつばを吐くような行為でしょう。結局自分のつばが自分の顔の上に落ちてくるんですよ。そんなかっこ悪いことってないですよね」
 取材先の野球指導者にいただいたこの言葉は、自分が少年野球の指導者をする上で、そしてわが子の「野球育児」に携わる上での金言となった。
 指導者時代、練習、試合を通じ、大声を張り上げ、注意をするシーンは幾度もあった。しかし、それは全力疾走や声の掛け合いなど、「やろうと思えばだれでもできるチームの約束事ことをやらなかったケースのみ」ということを心に決め、徹底した。
 子どもたちにも「叱る」と「怒る」の違いを説明し、「怒ることはしないから。もし怒ったら、おれを責めていいから」と伝えた。
 とはいえ、エラーで負けたことは数えきれないほどあったし、人間ができていないため、頭に血が上るようなシーンも正直、幾度もあった。その都度「子どもたちのエラーは自分のエラー! ここで怒鳴ったところで、天に向かってつばをはくようなものだ!」と自分に強く言い聞かせ、心を静めるように努めた。
「頭では怒っちゃダメ、叱るのだ」とわかっていても、ちょっと油断すると、「ベンチで怒鳴り倒す、少年野球界によくいるおっさん」に成り下がりそうになる。妻からは「絶対に感情的に怒らないでね! 子どもたちは感情的に怒ってる人と、自分たちのためを思って叱ってる人を、きちんとかぎ分けてるからね! そこを誤ったら、子どもたちの信頼は絶対に得られないよ!」と常々、言われ続けた。
 7年間の指導者生活は、ある意味、すさまじい人間修養の場だったような気もしてくる。

保護者からいただいた嬉しすぎる言葉


 指導者を始めて2年目に突入した頃、自分が担当していた学年のある保護者にこう言われたことがある。
「家で『アンタ、今日の練習中に服部コーチにえらい怒られとったなぁ。いったい、なにしたん?』って聞いたんですよ。そうしたら『あれはやろうと思えば誰でもできるチームの約束事を守れなかったおれが悪いんや。服部コーチは仕事で徹夜して一睡もしてないのに、今日きてくれたんだぞって、ほかのコーチが教えてくれたのに、しんどい中、ちゃんと真剣におれに注意してくれたんや。服部コーチはその場の感情でものを言う人じゃないから、どんなにきついことを言われても納得できる』って言うんですよ。
 そして最後にこうも言ってました。『そうそう、おれは服部コーチに怒られたんじゃなくて、叱られたんやからな。そこ間違わんとってや。大事なとこやで』って。あの子がそんなことを言うなんて、びっくりしてしまって…。きめ細かい指導をしていただき、本当に家族一同、感謝しております」
 なんとも、むずがゆい気持ちに襲われながら、嬉しくてたまらなかったことをよく覚えている。
 少年野球の指導者をやっていてよかった。心の奥底からそう思えた一日となった。




文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。

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