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【Special Interview】 北広島市のキーマンに日本ハム・本拠地移転を訊く! 後編

取材・文=長壁明

北広島の野球人が歴史を動かした! 日本ハムの本拠地移転を市長、企画財政部長、市議に訊く!(後編)

2015年9月27日、歴史が動いた日


 北広島市企画財政部・川村裕樹部長と2015年4月に北広島市議となった島崎圭介氏は1年違いの甲子園戦士。1988年夏に川村部長の札幌開成高(現・札幌開成中等教育)、1988年春、89年夏に島崎市議の北海高が甲子園出場という縁。同世代の野球人が手を組むのに時間はかからなかった。

 「川村部長と相談しながら、補助金を活用して総合運動公園予定地のマーケティングリサーチをお願いすると、私たちが想像する以上に可能性を秘めた土地だとわかりました。その評価をもとに、硬式野球場の建設についてアマチュア野球を統括する北海道野球協議会・柳俊之理事長らと打ち合わせを重ね、市長にも会ってもらうなどして可能性を模索し続けました」と島崎市議は振り返る。

 そして今振り返れば運命的な、「忘れもしない」(島崎市議)2015年9月27日、北海道日本ハムファイターズ事業統括本部・前沢賢本部長との最初の面会で、おぼろげながらも球団側の構想を初めて知ることとなった。

野球人の思いが夢の架け橋に


 その話はショッキングなものだった。

「ファイターズは札幌ドームを出ることも考えています」

 島崎市議、川村部長は帰り道で「やれるだけやってみましょう」と話し合いながら、電車で北広島へ戻ったそうだ。

 構想が表面化するおよそ8カ月前のことだ。島崎市議と北海道野球協議会との連携、そして北海道野球協議会には日本ハム球団から荒井修光氏が出向しており、荒井氏を通して球団の前沢本部長につながり実現した面会で、野球人同士の熱い想いが架け橋となった。

 面会に同席した川村部長は橋渡し役となった島崎市議に球団との進捗を逐一報告しながら、前沢本部長はじめ球団関係者らとの打ち合わせを重ねた。

 「球団に通い続けるうちに、実はこんなことを考えている、こんなことに困っている、という生の声を聞けるようになりました。何度も会いましたが話題は常に最終的に『どこへ向かうのか、どんなことをやりたいのか』。それを語り合う、濃密な時間を重ねました。この積み重ねがあったからボールパーク構想が表面化して以降、報道にも振り回されることなく迷わず突き進められたのだと思います」と川村部長は振り返る。そしてこう続けた。

「最もありがたかったのは、私に一任してくれたことです。前沢本部長はすでに決定権を持って私たちと向き合ってくれていました。そこで私が『その件は市長と相談し、後日』などと言っていたら進むものも進みません。民間のスピードについていくためにも任せていただけたことが本当にありがたかったです」

語り尽くせぬ夢がふくらむBP構想


「私自身、野球をやっていたことでたくさんのことを学び、助けられました。野球のお陰でここまでやってこられたのです」

 上野正三市長の言葉だ。

「球団がアジアナンバーワンを目指すと公表している訳ですから、市として全面的に協力して市民はもちろん、北海道全域から、新千歳空港から近い利点も生かし、国内外から何度でも北広島へ足を運んでもらえるボールパークとなるべく、行政として支えていきたいですね」

 JR北広島駅から予定地までは徒歩約15分。「遠い」という声が根強い。もっとも駅からだけではなく、札幌から遠ざかる印象が強く、集客を危惧する声も根強い。

 はたして本当にそうだろうか。私は今回の取材のため、北広島市役所へJRで向かった。札幌駅から北広島駅まで快速列車で16分。大阪・阪神梅田駅から阪神甲子園まで特急で13分。もしも球場そばに新駅ができれば所要時間はもっと短くなるし、まさに梅田駅から甲子園駅へ向かう際、進行方向左手に甲子園球場の外観が見えてくる、あの感激、ワクワク感を味わえるだろう。あの感激だけで5分、10分はあっという間だ。

「北広島駅から伸びるサイクリングロードを活用して、駅と球場に無料自転車を配置して使ってもらう、なんて面白いですよね。球場までの道のりも工夫次第ですよ。
 球場建設候補地になってからも市民のみなさんが声をかけてくれます。年配の方も『5年後の完成時に元気に新球場へ行くために頑張る』と声をかけてくださる方もいる。きっと、あっという間の5年でしょうね、大きな希望になっているのですから。市民が健康を意識してくれたら医療費だって下がりますし(笑)。駅からの距離だって言われているほど遠くないですよ。
 ただ、北海道は車社会、近くのコンビニへ行くにも車に乗って行くので駐車場、アクセス道路の整備は絶対条件。ですが、すべてにおいてこれほど前向きな課題はないですよ。球場そのものは私たちの手を離れ、実際に球場を運営する新会社(北海道ボールパーク株式会社)が整備していくのですが、私たちは北広島へ何度も来ていただけるようなまちづくり、インフラ整備をしっかりやりたいと思います」

 確かに土地の広さ、固定資産税の減免など条件面で北広島市が優位だった。しかし私は、野球への熱、そして自分たちの町にこんな球場があったら、というデザインを描けたことが札幌市との最大の違いだったように思う。

 実は現在、札幌ドームに通う多くのファイターズファンは札幌ドーム以外の野球場で観戦したことがない。だから新球場が完成して足を運ぶことで本当の「臨場感」や選手との距離感、そして観戦しやすさを実感でき、そのことに驚くだろう。北海道から日本、そしてアジアに誇るボールパーク完成までのプロセスを楽しめるのも私たち地元民の特権だ。

 その構想には高校球児たちが甲子園を目指すような聖地感が漂い、北海道の野球史を伝える歴史館があり、野球少年たちが学校帰りでも気軽に立ち寄るような、生活に身近であり、しかも記憶に残る「ボールパーク」であってほしい。

北広島市長 上野正三氏



取材・文=長壁明(おさかべ・あきら)

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