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○第9回○開成野球部あるある(3)

 書籍『野球部あるある』(白夜書房)で「野球部本」の地平を切り拓いた菊地選手とクロマツテツロウが、「ありえない野球部」について迫る「野球部ないない」。
 今回は開成高校の第3回。全国トップの進学校にはどんな「野球部あるある」があるのか? 話題の書籍『弱くても勝てます 開成高校野球部のセオリー』(新潮社)の著者に「開成野球部あるある」を聞いてきた!

【開成野球部あるある6】
投手の存在理由は「相手を抑える」ではなく、「ストライクを入れる」。


 自慢の強打線と相手の動揺に乗じてビッグイニングを作り、「ドサクサ」に紛れて勝ってしまう開成高校の野球。攻撃的なチームにあって、ピッチャーに関する考え方も独特だ。高橋さんはこう語る。
「通常、ピッチャーが何のためにいるのかと言ったら、『相手の打線を抑えるため』と思われていますよね。でも開成の場合、ピッチャーの条件は『相手を抑える』じゃなく、『ストライクを続けて投げられる』なんです」
 プロ野球でも高校野球でも、ピッチャーが試合の勝敗を分ける存在として最重要視されていることは周知のとおり。いかに打者に打たれないかを考え、ボールのスピードやコントロール、投球フォームを追究する。そして、それがごく当たり前の考え方に思える。しかし、開成では「ストライクが入る」という時点で投手合格になってしまう。そもそも相手打線を抑え込むような絶対的な投手の素材がいない、ということもあるのだろうが、根本的な存在意義が違うのだ。
「ストライクが入らないと、押し出し、押し出しで試合にならない。だから開成の野球はまず『ストライク』を求められるんです。よくあるのは、青木監督がベンチから『ピッチャーやろうとするな!』と叫ぶんです。『ピッチャーをやろうとする』ということは、相手を抑えようとすること。守っている野手もそうなんですけど、自分にできることだけをやる。それ以外はやらないってスタンスなんです。だから青木監督もピッチャーに『甘い球投げろ!』って言ってますよ(笑)」
 他の野球部では絶対に聞けないであろう監督の指示。しかし、青木監督の珍・指令はこれだけに留まらず、『弱くても勝てます』の中にも数多く登場してくる。

【開成野球部あるある7】
あまりに個性的すぎる青木監督のゲキ。


 全国屈指の進学校の野球部監督――。
 そう聞くと、選手をやたら怒鳴り散らすような普通の野球部監督とはかけ離れた、理知的な口調で選手を諭すような監督像をイメージしてしまうに違いない。
 しかし、開成の名物監督・青木監督もまた、「ベンチの監督が一番エネルギッシュ」という一般的な野球部あるあるを体現している指導者なのだ。
 ただ、その高校野球監督離れしたボキャブラリーには目を見張ってしまう。ここで、『弱くても勝てます』から青木監督の名言をいくつか拾ってみよう。
《普通の人間生活を送れ!》
《そんなんじゃ、生きていけない!》
《打つのは球じゃない。物体なんだよ》
《ウチの野球には安心できる場面などない!》
《人間としての本能がぶっ壊れている!》
 これらはほんの一部で、他にもたくさんの「青木語録」が登場する。そんな青木監督の個性的すぎるゲキについて、高橋さんはこんな分析をしている。
「監督の基本的な考え方は『自分で考えろ』ってことなんです。よく聞いていると、監督は命令はしていないんですよ。選手が変な動きを見せたりすると怒りますけど、その怒り方も『お前は客観的に見るとこうだぞ!』と知らせるものであって、命令ではない。たとえば、赤いコーンがグラウンドに置きっ放しにされているのを見て、単に『どかせ!』と言うんじゃなくて、『そこにコーンを置いたヤツはコーンを置くことの主旨を理解してない!』と怒るんです(笑)」

【開成野球部あるある8】
頭脳派集団と思われているが、データ収集は一切しない。


 漫画『キャプテン』(ちばあきお)に「金成中」というチームが登場してくる。
 ベンチにいかにもガリ勉とおぼしき、メガネをかけた中学生がおり、この彼が徹底的に対戦相手のデータを収集・分析して、好きなコースや打球方向をピンポイントで割り出してしまう。作品の中では完全に脇役なのだが、その独特の存在感は強烈な印象として残っている。「頭脳派チーム」といえば、まずこのチームが思い浮かぶという人も多いのではないだろうか。
 全国トップクラスの「頭脳」を持つ開成ならば、こんな漫画のようなデータ野球を展開しているのでは? と思いきや、その答えは意外なまでに正反対だった。
「基本的に開成にサインはありません。バントとかエンドランとか、そもそも練習していませんからね。フルスイングするしかない」
 やむを得ず何かサインを出すときは、なんと青木監督がベンチから口頭でサインを出すそうだ。
「『データを集めるのは強豪校がやること』というのが青木監督の考えで、開成がデータを集めても、選手がデータ通りに動けないのですから、あってもしょうがないんです」
 勉強よりも動くことが得意な野球強豪校の選手たちがデータを集めて頭を使うのに対し、開成の秀才たちがノーサインでフルスイングを繰り返す…。
 こんな奇妙な逆転現象を起こしてしまう。これも開成野球の魅力の一つかもしれない。
(つづく)
※次回更新は12月25日(火)になります。


今回の【開成野球部あるある】
伝統のお家芸・エラー。


高橋さんが最初に開成の練習を見学して度肝を抜かれたという、開成の守備力。《ゴロが来ると、そのまま股の間を抜けていく。その後ろで球拾いをしている選手の股まで抜けていき、球は壁でようやく止まる》(『弱くても勝てます』より)。次回明らかになるが、「エラー慣れしている」ということは大きな武器なのだという。

『弱くても勝てます 開成高校野球部のセオリー』

著:高橋秀実/新潮社/1365円(税込)

高橋秀実(たかはし・ひでみね)
1961年横浜市生まれ。東京外国語大学モンゴル語学科卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、ノンフィクション作家に。主な著書に『にせニッポン人探訪記』『からくり民主主義』『おすもうさん』など。『ご先祖様はどちら様』で第10回小林秀雄賞を受賞。

文=菊地選手(きくちせんしゅ)/1982年生まれ。編集者。2012年8月まで白夜書房に在籍し、『中学野球小僧』で強豪中学野球チームに一日体験入部したり、3イニング真剣勝負する企画を連載。書籍『野球部あるある』(白夜書房)の著者。現在はナックルボールスタジアム所属。twitterアカウント @kikuchiplayer

漫画=クロマツテツロウ/1979年生まれ。漫画家。高校時代は野球部に所属。『野球部あるある』では1、2ともに一コマ漫画を担当し、野球部員の生態を描き切った。雑誌での連載をまとめた単行本『デンキマンの野球部バイブル』(白夜書房)が好評発売中。twitterアカウント @kuromatie

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