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ブレイク中の小林誠司は杉谷拳士に敗れた!? 侍ジャパン戦士のセンバツプレイバック!


 2017WBCを戦う侍ジャパンのメンバーは28名。日本を代表する一流選手ということもあり、高校時代から華々しい活躍を見せていた選手も多い。

 週刊野球太郎では2回に渡って侍ジャパンのメンバーからセンバツ出場歴のある選手をピックアップ。彼らのセンバツでの戦いぶりを振り返りたい。まずはバッテリーの4名からだ。

平野佳寿(鳥羽→京都産業大→オリックス)


 日本代表で中継ぎの役割を期待されている平野佳寿。2005の年ドラフト希望入団枠で京都産業大からオリックスに入団。大卒からのプロ入りという経歴だけに、平野の高校時代を知る人はそう多くないかもしれない。

 平野は伝統校として知られる京都の鳥羽の出身だ。センバツには53年ぶりとなった2000年、2001年に2年連続で出場している。2年時の2000年のセンバツでは、準決勝の東海大相模戦で3イニングを投げた。

 これが平野の唯一の甲子園での登板記録だ。鳥羽時代はエースナンバーを背負ったことはなく、2度の甲子園で背負ったのも背番号11と10。高校時代は無名の投手だったのだ。

 しかし、京都産業大に進学後に才能が開花。オリックスではクローザーを任され、日本代表にまで選出される投手となった。

 高校時代は無名でも大きく育つ。そんな典型例が平野だ。

岡田俊哉(智辯和歌山→中日)


 和歌山の強豪・智辯和歌山で高校時代を過ごした岡田俊哉。1年夏からベンチ入りを果たし、4度の甲子園出場を果している。

 2008年のセンバツが岡田にとって唯一のセンバツ出場。2年生だった岡田は背番号10を背負いながらエース格として3試合全てに先発登板。20回を投げて防御率3.15と活躍し、チームのベスト8入りに貢献している。

 ちなみに、準々決勝で敗れた東洋大姫路には松葉貴大(オリックス)が2番・右翼で出場していたが、3打数ノーヒットに抑えこんだ。また、このセンバツは西川遥輝(日本ハム)が入学する直前に開催された大会だった。

 高卒ドラ1で中日に入団後、岡田は貴重な中継ぎ左腕としてチームに貢献している。


藤浪晋太郎(大阪桐蔭→阪神)


 藤浪晋太郎は2012年のセンバツで世代のトップに立ち、この年の高校野球界を引っ張る存在となった。

 センバツ初戦の花巻東戦で大谷翔平(日本ハム)に本塁打を浴びたのは因縁か。この大会で藤浪は、センバツ最速となる153キロをマークするなど「怪物級」の活躍をみせる。決勝の光星学院戦では田村龍弘(ロッテ)に3安打、北條史也(阪神)にマルチ安打を浴びたものの要所を抑え全国制覇を成し遂げた。

 この勢いに乗り夏の甲子園でも優勝。春夏連覇を達成した。その後も阪神入団1年目から2ケタ勝利を挙げる活躍を見せ、日本代表に選ばれた。


小林誠司(広陵→同志社大→日本生命→巨人)


 侍ジャパンの捕手としてついに大ブレイクした小林誠司(巨人)の甲子園といえば、何と言っても2007年夏の決勝が思い出される。野村祐輔(広島)とのバッテリーで決勝進出も、佐賀北に奇跡の逆転満塁本塁打を浴びて準優勝に終わった試合だ。

 その年はセンバツにも出場しており、1回戦では6番・捕手で起用されていた。相手は唐川侑己(ロッテ)擁する成田だ。野村、唐川の投げ合いは延長にもつれ込み2対1で広陵が勝利した。しかし、小林は唐川の前に5打数無安打に終わっている。

 2回戦の北陽(現・関大北陽)戦では5番に昇格するも、またもや5打数無安打。続く準々決勝は杉谷拳士(日本ハム)、中村晃(ソフトバンク)擁する帝京戦。小林は2本の二塁打を放つなど4打数2安打と結果を出すが、チームは敗退した。

 小林は同志社大、日本生命を経てドラフト1位で巨人入り。阿部慎之助の英才教育を受けながら正捕手への道を歩んでいる。


文=勝田 聡(かつたさとし)

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