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ペナントも佳境へ!原監督・非情采配の過去を振り返る

殿、ご乱心!

 読売ジャイアンツ、原辰徳監督。リーグ優勝7回、日本一3回、WBC日本代表では世界一にも輝いた現代の名将の一人であることは間違いない。

 そんな原監督の戦術・戦略で、ときに「あれ?」と疑問を抱いてしまうのが非情な途中交代劇の多さだ。先日25日にも、1軍登録されて即スタメン出場した大田泰示が最初の打席で空振り三振に終わると、その裏の守備途中で交代を告げられてしまった。大田は過去にもチャンスで見逃し三振に倒れるとその直後の守備から交代させられたことがある。

 原監督の指揮下ではたびたび、このような「懲罰交代」と言いたくなる非情采配が行われる。納得できるものもあれば、球界OBやファンから「なぜそこまで……」「もっとやり方があるはず」といった疑問を呈されることも多い。過去の「突然の交代劇」を振り返ってみよう。


中井大介の場合


 今年4月29日の対中日戦。この試合で「4番」に抜擢されたのは入団8年目、25歳の中井大介だった。前日まで4番を打っていた「休まない男」坂本勇人が故障してしまった緊急事態とはいえ、過去5本塁打しか打っていない男を「球界の盟主の4番」に起用するというのは、何かしら期するものがあったからのはず。ところが2打席を凡退すると6回の守備からあっさり交代。翌日から再び中井が4番で起用されることはなかった。

坂本勇人の場合


 主力組であっても気のないプレーをすれば懲罰交代が待っている。2011年8月7日、対広島戦で立て続けにミスをしてしまったのが坂本。5回の守備で失点に絡む失策を、6回の攻撃時には満塁のチャンスで牽制死されると、その裏の守備から途中交代。原監督は「プロとして恥ずかしいプレー。私も反省してます」とコメントを残した。

脇谷亮太の場合


 一度の守備機会で原監督の逆鱗に触れてしまったのが2011年の脇谷亮太(現・西武)。初回の守備でベースカバーの判断を誤ると、その裏、2番打者としてネクストバッターズサークルに入ろうとしたところで交代を告げられ、ベンチに逆戻り。素振りをすることすら許されなかった。試合後、原監督は脇谷の交代について「言葉にならないね。言葉にならない。懲罰?言葉にならない」と同じ言葉を3度繰り返すほどのご立腹だった。

村田修一の場合


 原監督の懲罰交代、といえば村田修一を外すわけにはいかない。巨人移籍1年目の2012年9月7日のヤクルト戦で1、2打席を凡退すると、原監督から「今日はもう帰っていい」と試合途中にもかかわらず強制帰宅命令。村田は自宅に帰ると、バリカンを手に自分で頭を丸刈りにして再起を誓った。

 その2日後、二死満塁というチャンスで村田に打席がまわったが、無情にも「代打・高橋由伸」。汚名返上とはいかなかった。

 翌2013年5月26日、対オリックス戦で1回表にエラーを犯した村田。その直後の打席で三球三振を喫すると、原監督に「準備が出来ていない」とまたしても途中交代を命じられてしまう。

 周囲に「来年も契約してもらえるかな」と弱気なコメントをもらすようになった村田だったが、この荒療治が効いたのか、夏場以降調子を上げて7月・8月は連続で月間MVPを受賞する大活躍。特に8月はセ・リーグ記録となる月間46安打を放ち、巨人のリーグ優勝に大きく貢献した。

 この村田の活躍を一番喜んだのが原監督。シーズン終了後、直々に新選手会長に指名するという、見事なツンデレぶりを発揮している。


 村田への荒療治が効いたように、非情な交代劇が功を奏す場合はもちろんある。交代した理由も、選手側に責められる要因は確かにあっただろう。だが、村田が復活できたのはやはり経験値の成せる技であることは大きい。
 そう考えると、こんな非情采配・懲罰交代を繰り返して、若手選手たちにその意図は届くのだろうか? そんな疑問を払拭するには大田や中井らが活躍するほかないのだが、果たして……!?

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