子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! そんな親の思惑をことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考える「野球育児」コーナー。野球ライター“ハリケン”こと服部健太郎さんが実話を交えて、体ができあがっていない子どもたちがどれだけの量、どんな質のピッチング練習をすればいいか、を語ります。
(前回からの続きです)
今から約4年前、ピッチャーの育成をテーマに、九州国際大付高校の若生正廣監督を取材する機会があった。東北高校の監督時代にダルビッシュ有投手(現レンジャーズ)を育成したことで知られる名指導者は、「まだ体が出来上がっていない段階の選手で、地肩の強いタイプも故障のリスクが高い」という見解を教え子であるダルビッシュ投手を例にとり、語ってくれた。
ダルビッシュ投手のストレートは中2の時点で既に130キロを軽く超えていたという。しかし、山田監督はダルビッシュ投手に「1試合における全力投球の比率は1割程度におさえること」と伝え、中学野球最後の日まで、徹底させた。
「『全力投球の比率が上がると、おまえの体は悲鳴を上げてしまう。だから全力投球は1割まで』と彼には伝えました。残りの9割はコントロール、緩急、変化球、ハートの強さを駆使して、バッターに勝負を挑んでいけと。全力投球ばかりじゃなくても、打者を討ち取れる方法はいろいろあるから、と。あの子は私が出した条件の中で、目いっぱい工夫していましたよ」
中学時代に全力投球をおさえた中で工夫して投げた経験は、総合力の高い投手になるための大きな礎となったことだろう。
しかし、全力投球の上限が1割というのはいかにも少なく感じる。私がそう向けると、山田監督はこう答えた。
「少ないようで、僕に言わせれば多いです。体の負担のことを考えたらもっと減らしたいくらい。でも、まったく速い球を投げなければ、体が速い球の投げ方を忘れてしまう。体の負担と、スピードへの挑戦の2つの要素を考えた場合、その落としどころが1割だったんです」
もしも、ダルビッシュ投手が、中学、高校時代に異なる指導者、異なる環境の下で野球をしていたら、どうなっていたのだろう。それでも故障なく、無事にプロの世界へ辿りつけたのだろうか?
ダルビッシュ投手の恩師たちからは、確かな知識と大きな愛情、そして強い信念がひしひしと伝わってきた。
その後、育成手腕に定評のある、東北楽天の佐藤義則投手コーチにも投手育成法について、取材をする機会があった。
インタビューの中で「成長期の選手が、体のサイズの割にいい球を投げる投手は危険だと思いますか?」という質問をぶつけたところ、
「故障のリスクは高まると思う。自分の筋肉の強度以上の腕の振りで投げているわけだから、故障の危険性は当然高まる。故障しないような配慮が指導者には不可欠ですね」という納得の答えが返ってきた。佐藤コーチはさらに付け加えた。
「ただし、危険な時期だからと全力投球をいっさいしないとなると、せっかく速く振れている腕の動きが鈍くなってしまう可能性がある。投球練習中、数球で構わないので全力投球は必ず入れたほうがいいと思います」
佐藤コーチの取材を終えたところで、各指導者たちの見解をいったんまとめてみた。
●体のサイズの割にいい球を投げられる成長期の選手は故障のリスクが高くなる。
●地肩が強い選手も体ができあがっていない段階では、故障のリスクを背負いやすい。
●全力投球の頻度を調整することで故障リスクは軽減できる。
●全力投球の頻度を抑えることで、工夫を凝らした、総合力の高い投球が手に入りやすくなる。
●マックススピードの腕の振りを体が忘れてしまわないよう、頻度は少なくとも、必ず全力投球の機会は設ける。
これらを踏まえた上で、1日の投球数の上限をそれまでと同様の85球(5年生以下は75球)と定めた。
ちなみにこの投球数は当時のリトルリーグの規定を参考にしたもの。所属していた連盟には球数規定も回数制限もなく、あくまでも現場でとりきめたチーム内のルールだが、「投げすぎに注意する」といった曖昧な取り組みよりは、明確な数値があったほうが選手も指導者もシステマチックに動けるし、割り切りやすいと考えた。
取材を通し得た教訓を選手たちにも時間をかけ、説明した。「チーム内で肩ひじの故障者を出さない!」ことを勝ち負け以前の最大目標に掲げ、より強く意識し、チーム活動をおこなったところ、故障者は限りなくゼロに近づいた。そして、そのほかにもさまざまなプラス面が浮かび上がってきた。
(次回に続く)
文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。