(さだやす圭/小学館:『ビックコミック』連載中、既刊7巻)
【あらすじ】かつて“キング”と呼ばれた豪速球投手・逢坂猛史。全盛期を過ぎ、問題を起こして日本球界に居場所をなくした男は、メジャーリーグに生きる道を求める。諦めの悪い男が、高すぎる誇りと精神力で世界をねじ伏せる!!
【選定理由】※オグマ1位に選定
ツクイ これは……とんでもないぶっ込みがきました(笑)。
オグマ この1年、野球マンガの中で「もっとも面白かった投手対打者」が逢坂猛史対甲斐孫六でした。同じ週に、『ドカベン ドリームトーナメント編』で「山田太郎対水原勇気のドリームマッチ」と話題になっていたんですが、そっちじゃない! こっちこっちと訴えたかった(笑)。
ツクイ さだやす圭先生の作品って、「ザ・キャラクター」なんですよね。どんな舞台でも、孫六とか逢坂が出てきたら、彼らの物語になっちゃう。そのアクの強さというか、個々のキャラクターの強さは魅力的です。
オグマ この作品をあえて推したい理由が、ほとんどその存在を知られてないこと。これは『ビックコミック』という雑誌の力が弱いとかそういうことではなく、野球マンガ好きに届いていない。少なくとも、『なんと孫六』を読んでいた読者、連載誌だった『月刊少年マガジン』の読者が読むか、といったら疑問符がつく。そもそも、『なんと孫六』が終わったことも知らない人が多いはず。そんな人たちにも、終わったけれども、こっちで続いているぞ、と。
ツクイ 少年誌から青年誌に移っても面白いんだから、やっぱりさだやす先生の実力が成せる技だと思います。
オグマ それと、メジャーリーグをド直球で描いた作品であるという点。『MAJOR』でもメジャーリーグ編はありましたが、消化不良は否めなかった。だからこそ、『フォーシーム』に期待したくなります。
(西森生/マンガ配信サービス『GANMA! 』連載中、コミック刊行は未定)
【あらすじ】すべてが野球の実力で測られる野球エリート養成高校に野球初心者が入学してきた!? 人智を超える魔球・魔振(ましん)が織り成す、生死を懸けたガチンコ野球×バトル漫画! 無料WEB連載、という点も注目される理由のひとつ。
【選定理由】※ツクイ2位に選定
オグマ 『テニスの王子様』の野球版、として話題になった作品ですね。
ツクイ いつコミックスになるのかわからない作品ですが、現状、WEB上ですべて無料で読めますので、「今読むべき作品」として挙げておきたい。スタートから面白くて、よく練られている作品です。僕は、『テニスの王子様』の野球版、というよりも、『アストロ球団』の現代版、という認識でいます。読者だけじゃなく作者も一緒に先の展開が見えない、という疾走感!
オグマ そもそも、『テニスの王子様』がアストロのテニス版、といえますもんね。
ツクイ 週刊少年ジャンプという土壌には昔から『アストロ球団』があり、『キャプテン翼』があり、その流れの延長戦上に『テニスの王子様』があった。その意味で、ジャンプ的遺伝子を受け継いでいる作品、と見ることもできます。この作品を挙げる理由もそこにあって、そろそろ「アストロ的要素」を野球界に戻さないといけないと思うんです。今の野球マンガって、良くも悪くも「リアル」により過ぎている。チーム戦術しかり、技術論しかり。それによって、敷居が高くなってしまった感がどこかにありました。『ドラベース』を読み終えた子が行き着く作品がなさすぎるんですよ。
オグマ それは確かにそうかもしれません。
ツクイ もうひとつ、この作品を推したい理由が、これがWEBから出てきた、ということ。これまでにもWEB連載の野球マンガはいくつもありましたが、どこかに素人くささが残っていた。でも、この作品には編集者の香りがするんですよね。明らかに仕掛けて、「今、野球マンガでこの席が空いている」というのを意識して、誇張して描いているはずなんです。
オグマ 僕が初めてこの作品を知ったのは、編集者と作者へのインタビュー記事でした。その意味では、確かに編集者の役割は大きいと思います。
ツクイ 恐らくですけど、今の商業誌では通りにくいテーマなんじゃないかと。「アストロみたいな野球マンガです」というコンセプトは、紙媒体だと「何で今?」となる。そんな状況において、WEBでこの作品が出てきた。じゃあ、2016年どうなっていくのか!? 商業誌にはない「超野球」がさらに出てくるはず。野球マンガの流れがここから変わるかもしれない、という意味で、とてもエポックな作品だと思います。
(クロマツテツロウ/秋田書店:『月刊チャンピオン』連載中、既刊6巻)
【あらすじ】大リーグよ、これが日本の野球部だ!笑えて切ない球児の日常。古豪でも名門校でもなく、特待生もドラフト候補もいない、「普通の高校野球部」を舞台にした、リアル野球部青春コメディ!
【選定理由】
オグマ 高校野球マンガって「甲子園を目指す」のがお約束のなかで、現実世界では甲子園に出られる高校なんてほんの一握り。分母としては圧倒的に「甲子園に出られない野球部」の方が多いわけです。その「どこにでもいる普通の野球部」にスポットを当てているのが秀逸です。
ツクイ 「あるある」という要素で作品が成立してしまうのが野球マンガというジャンルの懐の深さだと思うし、対戦相手も純粋な試合じゃなく、対監督だったり、対サッカー部だったりするじゃないですか。その辺のルサンチマン的な面白さもあると思います。
オグマ 野球部の不条理さを、高校野球界の頂点で描いているのが『バトルスタディーズ』。逆の視点で描いたのが『野球部に花束を』。この対比というか、両方ある、というところに野球マンガの奥深さを感じます。現在発売の6巻までは1年生編。これが2年、3年と学年が上がっていくなかで、「不条理さ」をどう描いていくのか。普通の野球マンガになってしまうのかどうか、という点も含め、2016年に期待したい。
(森高夕次・作、星野泰視・画/小学館:『ビッグコミックスペリオール』連載中、既刊2巻)
【あらすじ】巨人軍にエースは二人もいらない。80年代に多くの白星を重ねた二人のエース、“怪物”江川と“雑草”西本。二人のライバル関係は野球界における“エースの定義”沢村賞を変えた……その知られざる真実を高校時代の因縁から紐解いていく。
【選考理由】
ツクイ いわゆる「レジェンドもの」。『ブラックジャック創作秘話』とか『あしたのジョーに憧れて』などと同じ系譜だと思うんです。あの時代に、何があったの? という。もちろん、過去の野球マンガでも「レジェンドもの」というジャンルはありましたが、そのほとんどは「王貞治はこんなに凄かった」とか、「松井秀喜はあんな伝説を残した」とかの「偉人伝」で終わっていたわけです。
オグマ その中にあって、『江川と西本』は、ただのレジェンドものにとどまらない面白さを表現できていますよね。過去を振り返りつつ、人間くささとか、しがらみみたいなものも含め、「その時代、彼らはどう見られていたか」という周辺部分がしっかり描かれている。
ツクイ だから、取材して描くのは大変だろうし、いろんな方面に気を使う部分もあると思うんです。そこをクリアして、ちゃんとエンターテイメントになっている。2巻で定岡正二、原辰徳が出てきて、さらに長嶋茂雄監督も出てくるという流れのズルさ! だって、この先、80年代巨人軍が描かれるのもわかっているのに、高校野球編でもそんなにたくさん出すの? という。
オグマ 高校野球が一気に人気を高めていった時代ですからね。
ツクイ 僕は栃木出身なので、江川レジェンドはもう聞かされまくって育ったわけです。その一方で、この江川世代が一番ハッキリしないライン際なんですよ。80年代に入り、「やまびこ」以降になると映像も残っているから、伝説を後からちゃんと検証できる。でも、江川の時代は、伝説が伝説のまま。いわゆる「江川の球はホップしていた」という話も何度も出てきますし、そこをどう描いていくのか、というのも見どころのひとつ。実際に、栃木大会5試合で3試合ノーヒットノーラン、というとんでもない記録を残しているわけですから。
オグマ ミステリー的に球史を振り返られる、というのはあるかもしれませんね。隔週発行の『スペリオール』で隔号連載と、ほぼ月一連載になっているのが口惜しいです。
(1位〜3位編は明日公開予定です)
■プロフィール
ツクイヨシヒサ/1975年生まれ。野球マンガ評論家。幅広い書籍、雑誌、webなどで活躍。著書に『あだち充は世阿弥である。──秘すれば花、『タッチ』世代の恋愛論』(飛鳥新社)、編著に『ラストイニング 勝利の21か条 ─彩珠学院 甲子園までの軌跡─』(小学館)など。ポッドキャスト「野球マンガ談義 BBCらぼ」(http://bbc-lab.seesaa.net/)好評配信中。
■ライター・プロフィール
オグマナオト/1977年生まれ、福島県出身。広告会社勤務の後、フリーライターに転身。「エキレビ!」、「AllAbout News Dig」では野球関連本やスポーツ漫画の書評などスポーツネタを中心に執筆中。『木田優夫のプロ野球選手迷鑑』(新紀元社)では構成を、『漫画・うんちくプロ野球』(メディアファクトリー新書)では監修とコラム執筆を担当している。近著に『福島のおきて』(泰文堂)。Twitterアカウントは@oguman1977(https://twitter.com/oguman1977)